Vol.7 お笑い芸人とんねるずの短冊シングル【8cmシングル時代のJ-POP ~短冊CDが起こしたムーブメント~】


ミリオンセラーといわれる、売上枚数が100万枚を超えたCDが連発していた1990年代、シングルCDのほぼすべてが「8cmシングル」としてリリースされていました。今回スタートするこの連載では、今も8cmシングルを約4,500枚所有し、フジテレビ系列で放送されたクイズ番組『超逆境クイズバトル!! 99人の壁』のジャンル「90年代J-POP」でグランドスラムを達成した、イントロマエストロの藤田太郎が当時の時代背景や曲について、イントロなど様々な切り口で紹介していきます。
第7回目は、お笑い芸人とんねるずがリリースした8cmシングル。6回目に取り上げた「西のダウンタウン」と今回の「東のとんねるず」は90年代のお笑い界を席巻してきた2組。8cmシングルのリリースという切り口で、2組の芸人の進んできた道の違いも紹介します。まずはこの曲から!

8cmシングル時代のJ-POP(1)

 

「どうにかなるさ」(発売日:1990年8月8日 イントロ秒数:24秒)
 

1982年に『お笑いスター誕生』でグランプリを獲得、その後『オールナイトフジ』『夕やけニャンニャン』などの出演によって若者を中心に爆発的な人気を獲得したとんねるずは、1984年にシングル「一気!」をリリース後、85年に「雨の西麻布」、86年に「歌謡曲」、87年「嵐のマッチョマン」、88年「炎のエスカルゴ」と、歌手としてもコンスタントにレコードをリリースし、スマッシュヒットを飛ばし続けます。90年代に入り、初めて8cmシングルの形態のみでリリースしたシングルは「どうにかなるさ」。この曲は、脚本を倉本聰が担当し、とんねるずの2人が出演したドラマ『火の用心』の主題歌。作詞を手掛けたのは、作家の伊集院静(クレジットはペンネームの伊達歩)、そして作曲は、後藤次利。90年代以降のとんねるずの楽曲は、後藤次利の歴史と言っても過言ではないです。イントロからリズミカルなサウンドに乗せてギターが響く歌謡ロックアレンジのこの曲は、倉本聰が脚本を手掛けたドラマ『前略おふくろ様』で主演を務めたショーケンこと、萩原健一さんが歌った「愚か者よ」の雰囲気を感じる曲。誰かのパロディ的要素を楽曲に加える形が次の大ヒットシングルへとつながっていきます。

 

8cmシングル時代のJ-POP(2)

 

「情けねえ」(発売日:1991年5月29日 イントロ秒数:1秒)

「一番偉い人へ」(発売日:1992年9月3日 イントロ秒数:14秒)
 

「情けねえ」は、2か月後にリリースされたアルバム『みのもんたの逆襲』からの先行シングル。『みのもんたの逆襲』は収録曲すべてが、人気アーティストの歌詞や曲調のパロディで構成されているアルバム。そのパロディのクオリティが高水準。「パクリだっ!」というレベルの低い批判を軽く凌駕し、全曲、ゲラゲラと笑ってしまう楽しい曲が揃ったアルバムからの先行シングルとしてリリースされた。「情けねえ」は長渕剛のパロディ「ウォウォウォウ」と連呼は「とんぼ」から、「♪しょっぱい血を流し~」の歌詞は1989年リリースの「しょっぱい三日月の夜」からなど、ピックアップするのも野暮ですが、探るのも楽しいパロディがたくさん散りばめらています。そこに、同年勃発した湾岸戦争とそれに対する日本の対応を風刺した要素が加わった秋元康の歌詞も話題となり、第22回日本歌謡大賞を受賞。そして、この年のNHK紅白歌合戦に初出場。二人が裸で全身を紅塗りと白塗りにし、背中に「受信料を払おう」と書いたボディペインティングを魅せたパフォーマンスや、2018年3月22日放送のバラエティ番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』最終回のエンディングでこの曲の歌詞を変えて歌ったことは今でも伝説となっています。
この曲がヒットした要因は“パロディ”という言葉では片づけられない、深みのある珠玉のロックバラードとして制作した後藤次利の手腕と、元ネタの長渕剛が同年12月にリリースしたアルバム『JAPAN』に収録の「親知らず」で、日本に対して物申す歌詞の曲をリリースし「この世のすべてはパロディなのか?」と歌うこの曲の歌詞が、現実はどっちが本物!?と思う雰囲気になっていたことだと思います。しっかりした音楽で、お笑い芸人がふざけることは「カッコいい」と証明した1曲です。

「情けねえ」から1年後にリリースされた「一番偉い人へ」も、作詞を秋元康、作曲・編曲を後藤次利が手掛けた、尾崎豊のパロディ。イントロで「一番偉い人へ俺たちは 今 何をするべきか?」と石橋貴明がバラード調に歌いあげてから、嘆くように響くホーンサウンドが響き「どこかで忘れてた もっと大切な 何かを 教えてくれ」というラストの歌詞まで、今の令和の時代、日本が“どうあるべきか”を歌っているように聴こえる1曲。リリースから30年以上経った今、よりリアリティを増しているこの曲が響くことこそ、パロディなんだ!と私は感じていたいです。

 

8cmシングル時代のJ-POP(3)

 

「ガラガラヘビがやってくる」(発売日:1992年1月24日 イントロ秒数:10秒)

「がじゃいも」(発売日:1993年1月28日 イントロ秒数:0秒)

「フッフッフッってするんです」(発売日:1994年2月24日 イントロ秒数:1秒)
 

「ガラガラヘビがやってくる」は「情けねえ」と「一番偉い人へ」の間でリリースされたシングル。「企画モノ」、「コミックソング」的なノリで、バラエティ番組『とんねるずのみなさんのおかげです』のオープニングテーマとして起用されましたが、オンエア後、小中学生を中心に大きな反響がありCD化が決定。当時、小学生だった私も放送の次の日、学校の会話が「何!?あの曲!?」となったことを今でも覚えています。
秋元康が手がけた、過激でちょっとエロい「性」がテーマの歌詞と、とんねるず2人が身体能力の高さを生かし、飛び跳ねるように歌う姿がフォーカスされることが多いですが、この曲が痺れるのは、イントロ一音目からめちゃくちゃファンキーなブラスアレンジ。編曲を手掛けたのは、坂本冬美の「夜桜お七」やロス・インディオス&シルヴィアの「別れても好きな人」も担当した、若草恵(わかくさ けい) 。カラオケバージョンで聴くと、クリアな音で跳ねるリズムに圧倒されます。蛇足ではなく実績のある編曲家が、蛇の道は蛇を証明した素晴らしいこの楽曲は140万枚のミリオンヒットを記録します。

「がじゃいも」は、イントロから憲さんの「♪がじゃいも~っ」勢いのある声からはじまる。
「ガラガラヘビがやってくる」と同じ路線を狙い『とんねるずのみなさんのおかげです』オープニングテーマに起用されたシングル。ミリオンヒットにはならなかったものの、73万枚のヒットを記録。笛の音から貴さんの「♪みんなア~お兄さんと体操の時間だよ~!」と、うたのおにいさん風ではじまり、ファニーな歌詞に社会風刺を入れた「フッフッフッってするんです」も同系。この曲は26万枚のヒットを記録しました。

 

8cmシングル時代のJ-POP(4)

 

「浪漫-ROMAN-」憲三郎&ジョージ山本(発売日:1996年5月17日 イントロ秒数:26秒)

「A.S.A.P.」Little Kiss(発売日:1997年2月14日 イントロ秒数:21秒)

「FREEDOM」ANDY'S(発売日:1997年7月23日 イントロ秒数:28秒)

 

フジテレビ系列で1988年から放送がスタートした『とんねるずのみなさんのおかげです』の3年後、1991年10月16日から日本テレビ系列で『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』(通称「生ダラ」)の放送がスタート。とんねるずは、90年代後半からこの番組で、音楽ユニット企画を立ち上げ、他のミュージシャンとコラボしたシングルをリリースしていきます。その第一弾は、まさかの演歌。北島三郎が作詞・作曲だけでなく全面プロデュースを担当し、木梨憲武が「憲三郎」と名乗り、山本譲二が「ジョージ山本」名義でデュエットしたシングル「浪漫-ROMAN-」。イントロから泣きのギターが打ち込みのリズムに響く、ネオ演歌調のこの曲はロングヒットを記録し、第38回日本レコード大賞で企画賞を受賞。NHK紅白歌合戦にも出場し、木梨憲武は北島三郎メイクでこの曲を披露しました。

相方のヒットに刺激を受け、次の年に石橋貴明が動きます。当時、深夜のテレビで大量オンエアされていた三貴(みき)「カメリアダイヤモンド」のCMに起用されるとヒットする曲が多かったところに目を付け、番組で曲をプレゼンする様子を追い、工藤静香とのデュエットしたこの曲が起用。当時「Every Little Thing」や「My Little Lover」など、『Little』が入っているユニット名が売れていたことにあやかり、Little Kissという名義でリリースしたのが「As Soon As Possible」の略で「出来るだけ早く」の意味をもつ「A.S.A.P.」。作詞は秋元康、作曲・編曲を後藤次利のゴールデンコンビが手がけた、イントロから都会の夜を艶やかに描くダンサブルなサウンドのこの曲は『ミュージックステーション』に出演した際、間奏でキスをする演出なども話題となり49万枚のヒットを記録。憲さんに続き、貴さんも「生ダラ」からのコラボシングルをブレイクさせます。

「FREEDOM」は、石橋貴明が「バイクでアメリカを横断したい!」という思いから中型免許を取得し、レギュラー出演していた定岡正二とデビット伊東で“愛と自由とセーフティードライブのバイクチーム”を結成。このツーリング企画では、3人が「佐野元春風」のテーマ曲を作ろうと歌詞を書いた。佐野元春は3人の熱烈オファーを快諾し、作曲・編曲・プロデュースを手がけたシングル。イントロでバイクのエンジン音が響いた後、疾走するロックサウンドが高鳴るこの曲は当時、佐野元春のサポートバンドだったThe International Hobo King Band(ギターは佐橋佳幸、ベースが元ルースターズの井上富雄、ドラムがレベッカの小田原豊、等)が担当。メロディも演奏も「これが最高」な楽曲です。



8cmシングル時代のJ-POP(5)

 

「Get down」野猿(発売日:1998年4月29日 イントロ秒数:29秒)

「叫び」野猿(発売日:1998年9月17日 イントロ秒数:10秒)

「Be cool!野猿(発売日:1999年2月24日 イントロ秒数:38秒)

 

“初めはただのジョークだった”
これは、1998年に発行された『野猿の本―上カルビを食べられる日、食べられない日』最初のページの一文です。野猿は、バラエティ番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』の番組内企画「ほんとのうたばん」で、とんねるずが演じたKinKi Kidsの『硝子の少年』のバックダンサーに、大道具、美術、クレーン、アクリル装飾などの番組スタッフが起用され、その時の、たどたどしいステップで真剣に踊る姿が大ウケ。放送終了後に番組に問い合わせが殺到したことがきっかけで結成することになったユニット。
当時、サッカーワールドカップ予選の歴史的ゴールで、日本代表初のワールドカップ出場へ導いたヒーロー、岡野雅行のニックネーム「野人」にあやかり命名された『野猿』は番組スタッフの寄せ集め集団をデビューさせようという、悪乗り企画としてスタートしたのですが、ほぼすべての曲の作詞を秋元康、作曲・編曲を後藤次利が担当し、trfのSAM、ETSU、CHIHARUが振り付けを担当した本格的なダンスミュージックとして仕上げた楽曲。必死に歌やダンスを覚えようと取り組むメンバーの姿を観て「応援したい!」という、気持ちと素人ゆえの親近感で人気が爆発。石橋貴明が、KinKi Kidsみたいな曲”というオーダーからサウンドを作り上げたデビュー曲「Get Down」は、17万枚のスマッシュヒットを記録。
イントロからタイトル通り、貴さんの「アーッ!!」というシャウトから曲がはじまるセカンドシングル「叫び」は24万枚のヒット。そして「世の中に流されるな、冷静になれ」という歌詞をR&B調のサウンドで彩る「Be cool!」で第50回NHK紅白歌合戦に出場。「この世のすべてはパロディなのか?」と歌い、90年代のはじまりに紅白へ出場したとんねるずは、90年代最後の年に同じ作詞家、作曲家、そして、ずっと続けてきたバラエティ番組のスタッフとともに「いつでも どこでも 愚かな時代」という歌詞を歌い、紅白歌合戦に返り咲いたのでした。

ここまで読んでいただきありがとうございました。今回は、お笑い芸人、とんねるずがリリースした8㎝シングルを紹介しました。前回のダウンタウンと比べると、90年代のとんねるずは、大物ミュージシャンのプロデュース作品もありますが、作詞は秋元康、作曲・編曲を後藤次利というゴールデンコンビとともに、お笑いと音楽の融合を試行錯誤にながらトライしてきた歴史だったのではないでしょうか。次回もお笑い芸人の8㎝シングルを紹介する予定です。これからも「8cmシングルって音楽メディアがあったことを忘れないで」という気持ちではなく、「8cmシングルって音楽メディアでこんな素敵な曲があったこと、知っていた方が面白いよ!」を伝えていきますので、次回以降もよろしくお願いします!

 

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Text&Photo:藤田太郎
※画像は全て著者私物