第十四回 文楽と大阪の酒場【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】

海外に住んで初めてわかる日本の良さというものがあると言いますが、これはまさしくその通りで、僕も約8年間に渡るフィンランド暮らしで、気づいたことがたくさんあります。

また、それは帰国後にも及び、海外の友人を案内することも多くありましたので、その中で日本の良さを発見・再発見するという機会にも恵まれました。

今回はそのひとつ、文楽について書いてみようと思います。

歌舞伎や能などの古典芸能は、学生時代に履修していた演劇の授業の一環でレポートを書くために何度か観に行きました。しかし、何が何だかよくわからないまま、とりあえず字数だけ埋めて単位を取った記憶があります。

その当時は西洋演劇の講義も受けており、最初はこちらもレポートのために観に行き始めたわけですが、東京グローブ座に来日したロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの公演を観に行ったり、スタートしたばかりの蜷川幸雄演出の「彩の国シェイクスピア・シリーズ」を観ているうちに、何度も訪れるようになり、別にシェイクスピアの何がわかったという訳でもないのですが、熱心に通ったものです。

フィンランド留学時代には、勉強ですから専らクラシックのコンサートやオペラにばかり通っていました。いわゆる秋から春にかけてのシーズン中はもちろん、夏には音楽祭が各地で開催され、マスタークラスなどの合間を縫ってあちこち訪れました。音楽祭ですから、雰囲気も普段のコンサートより華やかで寛いだ感じがして、音楽だけでなく、その周りの環境までを含めて楽しむというありように音楽文化の深さを感じさせられました。

昔、ザルツブルクのマリオネット劇場で《魔笛》を観たことがありますが、西洋では人形劇というと子どものためのものという認識で、観客は子どもが多かったように憶えています。ところが、文楽は大人のための人形劇! 話の内容も遊女と駆け落ちして心中する話(世話物)や大河ドラマ顔負けの壮大な歴史物語(時代物)などで、その多くはとても子ども向けとは言えません。

江戸時代の元禄から享保年間かけて活躍した近松門左衛門(1653-1725)が書いた『曽根崎心中』(1703)や『冥途の飛脚』(1711?)などが前者の代表的な作品です。実際に起きた事件を題材に書かれた話で、大評判となり、なんと物語のお初・徳兵衛さながらに本当に心中してしまう者たちまで現れたと言います。その影響は大きく、心中物の上演禁止令が出されるほどでした。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(1)名曲と美味しいお酒のマリアージュ(2)

 

『曽根崎心中』の舞台となっているのが、文楽が誕生した大坂の街で、今でもその跡を辿ることができます。物語冒頭は、国立文楽劇場からほど近くにある生國魂神社が舞台で(「生玉社前の段」)、観音巡りで訪れた遊女・お初が、醤油屋の手代・徳兵衛と再会する場面が描かれます。現在、境内には浄瑠璃神社があり、近松門左衛門はじめ浄瑠璃・文楽の先師三十八柱の霊が祀られています。そして最後に二人が心中する天神の森は露天神社、通称・お初天神になります。

さて、これらの物語を独特の節を付けて語ったのが、竹本義太夫です。1684年、竹本座を道頓堀に開き、近松門左衛門を座付作家に迎えて人形浄瑠璃の初期のブームを興しました。程なく、弟子の豊竹若太夫が竹本座から東へ少し行った辺りに豊竹座をオープン。質実剛健で情感豊かな竹本座の「西風」に対し、派手で華麗な節回しの「東風」として両者競い合って発展していきました。現在でも、語り手の太夫は「竹本」あるいは「豊竹」どちらかの姓を名乗っています。

江戸中期には竹田出雲(初代・二代)・並木千柳・三好松洛の合作で『菅原伝授手習鑑』(1746)、『義経千本桜』(1747)、『仮名手本忠臣蔵』(1748)の三作が生み出され、全盛期を迎えます。「時代物」と呼ばれるこれらの作品は、歌舞伎でも上演され、今日に至るまで人気の名作です。

令和4年4月の国立文楽劇場での公演第一部は『義経千本桜』から二段目「伏見稲荷の段」、四段目「道行初音旅」、「河連法眼館の段」でした。皆さんご存知、義経が頼朝から追われる話を虚実ないまぜに描いたもので、特に「道行」は吉野を舞台に満開に咲き誇る桜を背景とした舞台で春にふさわしい演目です(実際には早春らしいですが)。

「道行」というのは読んで字の如く、行く道の情景を描いたもので、物語というより詩的にその光景を表しています。複数人の太夫と三味線で奏でられる音を楽しむ要素が強いのも特徴と言えるでしょう。これが歌舞伎になると男女の舞踊的な要素が強く現れます。登場人物は静御前と佐藤忠信。実はこの忠信、人間ではなく狐なのです。義経が後白河法皇から賜った「初音の鼓」に親狐の皮が使われており、それを慕って忠信に化けて静御前に付き従っています。

ところで、文楽で使われる楽器でメインとなるのは太棹という大型で低くて大きな音の出る三味線です。太夫と呼ばれる語り手の隣で、演奏します。その他には御簾内に笛・太鼓・大鼓・小鼓などのお囃子の楽器がありますが、その数は西洋のオーケストラのように多種多様にあるわけではありません。しかし、そこから生み出される音のバリエーションはオーケストラに決して引けをとらないほど豊かで、奥深いものです。

四段目「河連法眼館」の切場(物語の山場)語りは文化功労者顕彰記念の豊竹咲太夫。三味線は鶴澤燕三。忠信実は源九郎狐を遣うのは桐竹勘十郎という豪華な顔ぶれで、最後は宙乗りで大きく客席を沸かせて幕となりました。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(4)

 

さて、観劇の後の楽しみは、もちろんお酒! ということで、劇場のある日本橋から道頓堀方面に歩いて行くと、大阪ならではのお店が数多く点在しています。たこ焼きでビールにするか、おでんで熱燗、ちょっとつまんで締めはうどんもいいな、などと道すがら思い巡らせますが、僕がよく行くのは相合橋にある居酒屋です。昼から通しでやっているので、文楽の一部が終わった時間からでも飲むことができます。

少々肌寒かったのでぬる燗を注文して、関西風に久々にきずし(いわゆるシメ鯖)を生姜ポン酢でいただきます。春らしくホタルイカ、蕗も追加して、お酒をもう一本。お店の人たちの大阪弁でのさざめくようなやり取りは、まるで文楽の続きを聴いているかのような心地よさがあり、それをBGMにひとり静かに酒を飲むにはぴったりです。最後は名物のどて焼きで締めました。 

 

 

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Text&Photo:野津如弘

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