「シティポップは、ファンタジー」!? 話題のシティポップ入門書著者・栗本斉氏が語るブームの真髄


かつてこれほどまでに“日本のポップス”が世界的に注目されたことがあっただろうかーー。
空前絶後のブームのなか、“王道のシティポップ”を基準にシュガー・ベイブなど70年代の黎明期から、Yogee New Wavesなど令和の最新作までをアルバム単位で網羅。制作の背景などを丁寧に紹介する一冊の新書『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』(星海社)が、2月22日の発売から一週間で重版出来‼早くも3刷と、こちらも話題だ。
あらためてシティポップの魅力、リバイバルブームの真髄はどこにあるのか?著者である音楽ライターの栗本斉氏にインタビューを行った。

マジックアワー、摩天楼の夜景、ビーチリゾート、ネオ昭和… 拡張し続けるシティポップのイメージ

 

著者の栗本氏といえば、当mysoundマガジンでも【知られざるワールドミュージックの世界】というコラムを連載していた執筆陣のひとり。

「寒い国のレゲエ」や「陽気じゃないけどアフリカ音楽」など、聴くと音楽人生がぐっと豊かになる良質な楽曲を紹介してくれていた。2017年には「おしゃれなアジアのシティポップ」というテーマでも寄稿頂いたが、20数年にわたるライター人生で、ここ10年は特にシティポップ関連の原稿を執筆する機会が増え続けていたという。

 

シティポップ(1)

インドネシア、タイ、韓国、台湾、フィリピンのシティポップを紹介 https://mag.mysound.jp/post/177

イラスト:山口洋佑

 

当時の記事でも“インドネシアは日本に次ぐシティポップ大国”だと紹介されているが、インドネシアのYouTuberレイニッチがカバーした竹内まりやの「プラスティック・ラブ」と松原みきの「真夜中のドア/Stay With Me」は、累計1000万回以上も再生されており、もはやこの2曲は、グローバルなシティポップ・クラシックだ。

 

 

 

「日本のアナログレコードが高騰し、再発も活発化するなど、ブームの下地はありました。ただなんと言ってもYouTubeやサブスクリプションなどインターネットの発展が大きい。欧米に限らず、もともと日本文化の影響が強いアジア各国でも、若い世代を中心に70〜80年代のシティポップが新鮮に受け止められ、急速に世界に拡散されました。韓国のDJ、Night Tempoのブレイクも大きな出来事でしたね」

 

シティポップ(2)

音楽ライター・栗本斉氏

 

こうした流れを俯瞰し、栗本氏自身も『そろそろシティポップを総括したい』と思っていたところに、書籍化の話が舞い込んだ。

「ただ、そもそもシティポップは“明確にこういう音楽です!”と、ジャンルを指す言葉ではないんですよね。ロックやレゲエ、ボサノヴァ、フュージョンなどであれば、ある程度リズムパターンや楽器の音楽理論に基づいた定義づけができますが、シティポップはあくまでも聴く人が感じる、なんとなくのイメージや雰囲気の総称。 “都会的で洗練された日本のポップス”であり、やや乱暴に言うと“ある種のファンタジー”なのだと思います。だって、摩天楼とビーチリゾートって本来対局的なものですよね(笑)。でもそのイメージの幅広さがあるからこそ、言葉の壁を越えて自由に拡大解釈ができた。それも世界的ブームの大きな一因なのではないでしょうか」

 

シティポップ(3)

夜景、リゾートと並び、マジックアワーや高速道路も“エモい”シティポップの象徴だ

 

王道のシティポップを探して… 膨大な楽曲から100枚のアルバム、100アーティストを厳選!

 

漠然としたシティポップというイメージの大海にダイブした栗本氏は、「入門編として最大公約数たり得る名盤アルバムを100枚厳選」することで、「王道のシティポップ」という軸を探ることにした。

「まず悩んだのは、シティポップの始まりをどこに設定するか?ということ。はっぴいえんど、荒井由実などアーティスト単位で語る人もいれば、南佳孝のデビュー作こそがシティポップの元祖!など諸説あり、どれも正解だと思います。
ただ、その後のポップ・ミュージックシーンへの影響と、世界的な象徴として伝えやすいのは、やはり大瀧詠一率いるナイアガラ・レーベルの第一弾作品・シュガー・ベイブの『SONGS』ではないかと。山下達郎と大貫妙子という二人の天才を排出したエポックメーキングなこの1枚を、シティポップ・ディスクガイドの起点としました」

 

シティポップ(4)

『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』電子版より。アルバム単位で100アーティストを紹介

 

 本書では、まず1975年にリリースされた『SONGS』に始まり、アナログ盤での復刻が話題になった佐藤博の『awakening』(1982年)、山下達郎らに“日本で最も歌が上手い”と評された吉田美奈子の『LIGHT’N UP』(1982年)、そして世界的シティポップブームを牽引する作品である竹内まりやの『VARIETY』(1984年)までを【黎明期】と位置付け、20枚の名盤をピックアップ。
 

次に【最盛期】としてティンパン・アレーの『キャラメル・ママ』、高橋ユキヒロの『Saravah!』、ブレッド&バターの『Late Late Summer』、八神純子の『LONLEY GIRL』、1986オメガトライブの『Navigator』など、シティポップの進化と深化を味わえる50枚を厳選。ここには、郷ひろみの『SUPER DRIVE』や菊池桃子の『OCEAN SIDE』など、一見シティポップとは無縁に思える作品も並ぶ。しかし、解説を読めばなぜこれらが取り上げられたのか、それぞれ深く納得できる理由があるのだ。
 

さらに【再興期】として、90年代を代表するシティポップ・渋谷系からOriginal Loveの『結晶-SOUL LIBERATION-』や小沢健二の『LIFE』、キリンジの『ペーパードライヴァーズミュージック』、一十三十一の『CITY DIVE』、Yogee New Wavesの『WINDORGAN』など現在に至る30枚を紹介している。

 

2000年以降のシティポップ・シーンに大きく影響を与えたキリンジ

 

多くの人が関わり、作り上げられた珠玉の作品を同じ情熱で後世につないでいく

 

壮大なアルバムレビューでは、特にプロデューサーやスタジオミュージシャンなど制作陣の情報がこれでもかと詰め込まれている。これは、サブスクによって一曲単位で音楽を楽しむ人が増えた今だからこそ「レコードやアルバムのブックレットに記載されていた情報を楽しむ追体験をして欲しい」という栗本氏の願いの表れだ。

「僕は1970年生まれなので、掲載した100枚のアルバムと同時代を並走してきました。小学生の時に松原みきの「真夜中のドア/Stay With Me」や寺尾聰の「ルビーの指環」を聴いたことは今も鮮明に覚えていますし、中学生では洋楽に目覚めながらも佐野元春に大きく影響されました。シティポップ系アーティストに傾倒した高校生の時は、とにかくラジオのエアチェック漬けの毎日。お供は雑誌『FM STATION』で、付録のインデックスをチョキチョキ切ってはオリジナルカセットテープ編集に余念がありませんでした(笑)! 

きっと同じような青春時代を過ごした人も多いのではないでしょうか。今回、表紙に鈴木英人さんのイラストを使用させてもらったことも本当に嬉しくて。達郎さんの『FOR YOU』と『FM STATION』の表紙という、僕にとってのTHE シティポップはこの独特なブルーのイメージなんです」

 

シティポップ(5)

1981年創刊の隔週誌『FM STATION』(ダイヤモンド社)1985年1/28→2/10号と1988年3/21→4/3号。
どちらも表紙は鈴木英人氏によるもの。撮影者私物

 

シティポップ(6)

『FM STATION』は、掲載されているアーティストの写真がカセットテープのインデックスサイズになっているなど、
遊び心と実用性で音楽好きを虜にした

 

シティポップ楽曲のYouTubeには、各国のシティポップ・フリークのコメントが驚くほど書き込まれているが、【この時代の日本の音源からは、アーティストの前向きなバイヴス、ポジティブな思想が溢れている】といった内容が散見される。

「70年代から特に好景気だった80年代に名盤が多いのは、今とは比べ物にならない制作費でアルバムが作られていたことに起因するのは間違いありません。また、それまでどこか“侘び寂び”的な世界観が重んじられていた日本の音楽シーンの中からも、憧れの洋楽に追いつけ追い越せ!という気概に溢れたアーティストやプレイヤーがたくさん現れ、それと並行して録音技術や楽器が飛躍的に発展した時代の空気感が大きく影響していると思います。

ただ、90年代以降もその遺伝子を引き継いだアーティストが新しいシティポップをどんどん確立しています。ただのブームでは終わらないシティポップが包括する文化の幅広さを、何よりも伝えたかった。海外と遜色のない楽曲が日本でも生まれ、それがネットを介して世界に広がった。時間はかかりましたが、ある種フラットに、正統に楽曲が評価されている。泣く泣く掲載できなかったアルバムもたくさんありますし、100枚のチョイスには異論もあると思います。ただ、僕はいち音楽ライターとして、良い音楽をいろんな人に知ってもらいたいという気持ちが一番。スタイリッシュなファンタジーの世界で、何より素晴らしい音楽体験を味わって頂きたいのです」

本書の最後には、掲載されているアルバムをサブスクで楽しめるプレイリストもつき、読んだその場で楽曲をチェックすることができる。(電子版では、本文リンクからそのまま飛ぶことも!)
雑誌からウェブメディア、レコード、CDからサブスクへと形は変われど、珠玉の作品を後世に伝えようとする情熱は変わらない。

 

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松田聖子がシティポップ!? と訝しがる人にこそ聴いて欲しい『CANARY』

 

「そこは、担当編集さんが100枚×約10曲ですから…1000曲以上をコツコツとプレイリストに登録してくれました。相当大変だったと思いますので、感謝しかありません!」

 

 

今年に入ってからも、チャートの常連であるザ・ウィークエンドが亜蘭知子の「Midnight Pretenders」(1983年)をサンプリングした楽曲を発表するなど、時代と国境を越え、拡張を続ける日本発のシティポップーー。

ぜひ本書をお供に、魅惑の音楽の旅へと出かけて欲しい。

 

シティポップ(8)

 


 

【プロフィール

栗本斉

1970年生まれ、大阪府出身。旅&音楽ライター、選曲家。
レコード会社退社後、2年間の中南米放浪を経てライター/選曲家に。世界の音楽、J-POP、旅や世界遺産、沖縄などについて雑誌、ウェブで執筆。元Billboard Liveのブッキングマネージャー。ラジオや機内放送の選曲、コンピレーションCDの企画から公演・トークイベントまで活動は多岐にわたる。著書に『アルゼンチン音楽手帖』、『ブエノスアイレス 雑貨と文化の旅手帖』、『Light Mellow 和モノSpecial』(共著)など。

Twitter:https://twitter.com/tabirhythm?s=20&t=SC4dHwXhPE9sWxV4wCc2Lw

Blog:blog.livedoor.jp/tabi_rhythm/

 


 

【INFORMATION

『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』
 

シティポップ(9)
 

星海社新書

256ページ

定価1,100円

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000362548

 

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Text:仲田舞衣
Photo:グレート・ザ・歌舞伎町