【レコにまつわるエトセトラ】音楽的聖地巡礼 〜 カンタベリー・シーン、始まりの地を訪ねる【第35回】


近年また盛り上がりを見せつつある、レコード/アナログ盤。リアルタイムで再生メディアとしてレコードと接してきた世代だけではなく、CDやカセットすらも馴染みのない若い世代の人たちからも“新鮮”なものとして受け入れられているようです。

そうした流れの中でこの世界の魅力をよりディープにお伝えするべく始まったのが、本連載【レコにまつわるエトセトラ】。ディスクユニオン新宿ロックレコードストア店長の山中明氏を水先案内人に、入り口から底知れぬ深淵に至るまでを旅しましょう。

第35回のテーマは、“音楽的聖地巡礼 〜 カンタベリー・シーン、始まりの地を訪ねる”。今回はプログレファンならもちろんご存知、そうでない方も名前くらいはどこかで聞いたことがあるかもしれない「カンタベリー」という音楽ジャンルについて、ご紹介していきます。

まず「カンタベリー」というジャンルの説明から、著者による「カンタベリー2大ヴォーカリスト」の私的名盤の紹介、そして実際に現地で撮影されてきた写真と共にゆかりの地を巡る旅行記も! 本コラムならではの切り口で、「カンタベリー」の魅力をお伝えします。

「カンタベリー」とは何か


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カンタベリー、それは甘美な響き……。ここ日本ではプログレッシヴ・ロック・シーンの一派に属していることで知られる「カンタベリー(カンタベリー・ロック、カンタベリー・ミュージック)」という音楽ジャンルをご存知でしょうか?
ジャズを母体とした前衛的な実験精神と、英国情緒溢れるたおやかで豊潤なメロディー、そのまるで相反するかのような2つの要素が共存した、実にワイド・レンジな層において高い人気を誇るジャンルです。

ではもう少し具体的に、カンタベリーとはどんな音楽で、どういう定義付けがされたジャンルなのでしょうか?
そもそもプログレというジャンル自体、聴いたことのない方に向けてどんな音楽なのかを説明するには骨が折れるものなのですが、さらにその下位概念ともいうべきカンタベリーを説明するには、少し腰を据えてお話しさせていただく必要があると思います。ただ、一度掴んでしまえば芋づる式に魅惑の音楽が溢れ出す、そんな壮大なファミリー・ツリーが広がりを見せる素晴らしきシーンなのです。

去る2022年4月27日、そんなシーンのとっかかりにピッタリな『カンタベリー・ロック完全版』(和久井光司編/河出書房)というディスク・ガイドが出版されました。かくいう私も一部執筆させていただいているのですが、今回こういった話をし始めたのも、その過程で私のカンタベリー愛が再燃したからなんですよ……。まぁなんとも単純な人間ですね!

ということで、今回は人気音楽ジャンル、カンタベリーのハナシ。その成り立ちと魅力に軽く触れながら、先のディスク・ガイドには掲載されていない、私ならではのレコード話を盛り込んでいこうと思います。また、ちょうどこのタイミングで現地にも行ってきましたので、彼らの足跡を追った私の旅の一部もお見せしましょう。
とにかく、この記事でカンタベリーを聴いてくれる人が、1人でも増えてくれれば本望です。ではご一読ください!

 

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The Wild Flowersの音源が初めて世に出た1994年版CD(BOOK仕様)と、初めてのレコード化となった2009年版LP。

 

まず、カンタベリーというその名前の由来から紐解いていきましょう。カンタベリーとは、イギリス南東部ケント州に位置する街の名前から取られたものになります。その重厚な歴史と美しい街並みは観光地としても人気を博していますが、中でも有名なのがイングランド国教会の総本山、カンタベリー大聖堂です。ユネスコ世界遺産に登録されており、さらに映画『ハリー・ポッター』のロケ地として有名になったということもあり、日々多くの観光客でにぎわいを見せています。

そんな街、カンタベリーがジャンル名になった理由は至ってシンプルです。すべてはこの街で生まれた、とあるバンドに端を発しているのです。

そのバンドこそが、丸ごとカンタベリー・レジェンド、The Wild Flowers。街外れにある田園に囲まれた私立学校、Simon Langton Grammar Schoolの学生によって結成された彼らは、デビューこそ果たせなかった(今では様々な発掘音源集がリリースされています)ものの、壮大なるカンタベリー・ファミリー・ツリーの最上部に鎮座する、オリジンとでも言うべきバンドでした。彼らは短期間でその活動を終えていますが、解散後のメンバーたちはシーンを先導する2つのトップ・バンド、Soft MachineとCaravanを結成し、大きな成功を収めています。

そして、その後シーンには同時多発的に多くの名グループが誕生し、多くの名作が生まれていきます。Gong、Hatfield and the North、Egg、National Health、Gilgamesh、Slapp Happy等々、枚挙にいとまがないですが、それぞれが盛んな人的交流も繰り返しながら、1つのジャンルと括るに相応しい巨大なファミリー・ツリーが描かれていったのでした。

ちなみに、カンタベリーを構成したグループでありながらも、さらに世界中へとその種を伝播しとりわけ大きなシーン「RIO(ロック・イン・オポジション、俗称レコメン系)」を創り上げ、自身もオリジンとなったグループ、Henry Cowにも触れておきましょう。Henry Cow、ないしRIOシーンは、レコード的観点から見ても実に興味深いものなので、また別の機会にでもまとめて語らせていただければと思います。

 

「カンタベリー2大ヴォーカリスト」の私的名盤をご紹介

 

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『カンタベリー・ロック完全版』(和久井光司編/河出書房)

 

と、まぁここまでがカンタベリー物語の前書きみたいなものなんですが、なにぶんたっぷり長くて深いストーリーなので、詳細はディスク・ガイドのほうをご一読いただければ幸いです。
ということで、ここからは私ならではのというか、私の趣味嗜好に寄った話をしていこうと思います。

そして、そんな中でもまず語らせていただきたいのが、「カンタベリー2大ヴォーカリスト」についてです。
Soft Machineでの活動やソロ作品等でシーンに大きな功績を残しながらも、激動の人生を歩むこととなったカンタベリーのアイコン、ロバート・ワイアット。Caravan、Camel、Hatfield and the Northとグループを渡り歩き、多くのファンの心を掴んだリチャード・シンクレア。正直巷では「2大ヴォーカリスト」みたいな形で括られることはあんまりないんですが、この2人こそが「シーンの声」であり、カンタベリーの大きな魅力の1つであることに異論はないでしょう。

坂本龍一氏がワイアットを「世界一悲しい声を持つ男」と評したように、悲哀に満ちながらも穏やかで慈悲深いフィーリングが脈動する、唯一無二の個性を放つ彼らの歌声。まだカンタベリーを聴いたことがないよっていう方は、彼らの歌声から始めてみてはいかがでしょうか? 聴く人の音楽的バックボーンに関わらず、そのままダイレクトに心を揺さぶってくる、そんな特別な音楽をご堪能いただけることでしょう……。

では、そんな彼らのレコードを紹介させていただきましょう。彼らはグループ、ソロ、ゲスト参加等々、本当に多くの作品を残しています。個人的にも愛してやまないアーティストということもあり、全部紹介したい心意気と勢いはあるんですが、字数の都合上、泣く泣くそれぞれ1作品だけ挙げさせていただこうと思います。

 

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まずはロバート・ワイアットの作品からご紹介。上の写真は1974年リリースの大名曲シングル「I'm A Believer / Memories」です。

ワイアットは前年に起きた不慮の事故により、半身付随となりドラマーとしての人生が断たれてしまいますが、専任ヴォーカリストとして第2のキャリアをリスタートします。そして、彼はThe Monkeesのカヴァーという意表を突いた本作をリリース、大ヒットを果たし復活を高らかに宣言するのです。

なお、なんでこの作品を選んだかというと、もちろん単純に名曲だということに加えて、レコードとして実に集めがいのある一枚だというところがポイントです。というのも、英本国盤にこそ付いていませんが、各国盤には独自のピクチャー・スリーヴが存在しているんです。

では改めて上の写真をご覧いただきましょう。3種しかなくて申し訳ない(?)のですが、上が英国盤、左下がドイツ盤、右下がスペイン盤となっています。とまぁこんな調子で色んなデザインのスリーヴが6、7種類は存在していますので、頑張ってコンプリートを目指してみるっていうのも、レコードのナイスな楽しみ方のひとつですよ!

 

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次にご紹介するのは、リチャード・シンクレアの従兄弟にして盟友、デビット・シンクレアらと結成したRichard Sinclair's Caravan Of Dreamsの1992年デビュー作『s.t.』です。

リリース当時はレコードが作られなかった(実は韓国盤のみ存在しますが……)のですが、首を長くし過ぎて待つこと四半世紀、2018年にめでたくレコード化されました。もう私は嬉しくて嬉しくて、喜び勇み倒してもちろんソッコーで買ったワケですが、こんな感じでCDでしか存在しなかった作品が、後にレコード化されて再リリースされる、そんなことが近頃増えてきています。

そもそもリリース当時にレコードが制作されなかったのも、その時代性が故。1990年から2000年代初頭あたりまでのCD最盛期においては、レコードが作られないことは至極普通なことだったんです。そして、もし作られたとしても、そのプレス枚数はかなり少ないものでした。

今ではそういったものは「近年盤」とか「近年希少盤」と呼ばれていて、中古市場でも年々高騰の一途を辿っています。もう少し具体的にいえば、その頃CDで何百万枚も売れたメガヒット・アルバムとて、レコードがプレスされている枚数はせいぜい数千程度。そりゃあ高くもなります。再びレコードの需要が再燃した今となっては、需要と供給のバランスを著しく欠く格好となったワケですね。

 

カンタベリー、ゆかりの地を訪ねる

 

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セント・パンクラス駅

 

なお、今回この記事の執筆時にちょうどよくイギリスにいましたので、どうせならとカンタベリー詣に行って参りました。ということで、写真と共にその旅の一部をご紹介させていただきましょう。

まず旅の始まりは、ロンドンの主要ターミナル駅のひとつ、セント・パンクラス駅。欧州と結ばれた国際列車、ユーロスターの始発駅でもあり、同じく主要駅であるキングス・クロス駅が併設されていることからも、ロンドン最大の規模感を誇る駅となっています。

 

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電車に揺られること小一時間、到着したのが最初の目的地、Canterbury West駅です。駅を出るとすぐに、カンタベリー・ファンは要チェックな名所が見えてきます。

 

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それがSt. Dunstan's Streetです。歴史的なことはさておき、ファンであればこの名前に思わず脊髄反射してしまうことでしょう。そう、Caravanのあの中期名作『Blind Dog at St. Dunstans』の元ネタです。その名前はもちろんのこと、アートワークにもガッツリ使われています。ちなみにですが、この通りにはCaravanのメンバーの行きつけのパブもあったようですね。

 

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門を通ってズンズンと道を進んで行くと、冒頭でも触れた人気観光名所、カンタベリー大聖堂が見えてきます。今回の旅の本筋ではありませんので詳しくは紹介しませんが、なんやかんやで美しいので何枚かまとめて写真をご覧ください。

 

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ちなみにですが、駅周辺には何店舗かレコード屋がありますので、道すがら立ち寄ってみるのも良いでしょう。

 

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ここまでは私も初めてではなかったのでアレなんですが、ここからいよいよ今回の旅の目的地に向かいます。

そして、その目的地こそがSimon Langton Grammar Schoolです。先程も申し上げたように、カンタベリー・シーンの始まりの地といえるこの学校、ファンであれば一度行ってみるしかない! と今回突然思い立ったワケです。ということで、レコ屋のチェックもそこそこに出発です!

 

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これはレコードの買付にも当てはまることなんですが、知らない土地で行きたい場所を目指す際において、Google Mapの登場以前と以降では、別世界になったと言っても過言ではないでしょう。ただ、そんな絶対的な必需品にも、ちょっと落とし穴っぽいことがあるのもまた事実。何も考えずに指示に従って行くと、なんやら険しい道を歩かされた……みなさんもそんな経験ないでしょうか?

 

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モチベーションたっぷりでズンズン歩いて行ったのですが、街を離れ徐々に人がいなくなり、気づけば牛がモーと鳴く広大な牧草地にたどり着きました。大丈夫なのかこの道……?

 

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街を離れてだいたい40分、ちょうどHatfield & the Northの1stが聴き終わったぐらいの頃、それっぽい道が見えてきて、ようやく学校のお目見えです。お坊ちゃん気質な子供たちが集まった奔放な学校らしく、その自由な校風が音楽活動を活発にしていたとのこと。たしかにこうして眺めていると、なんだかそんな風にも見えてきます。

この学校のストーリーに加えて、ここまで頑張って歩いて来たということもあって、なんだか感慨もひとしお。ただ、観光地でもなんでもない普通の学校なんで、敷地内に入る訳にも行かず、遠巻きからちょっと写真を撮っていただけなんですが……すぐに気が済んでしまいました。

まぁ正味な話、特に何もないですからね。なんなら、今通って来た平々凡々な田舎道をこれから戻らなきゃいけないという現実に、めちゃくちゃ気が重くなってきています……。帰り道はソフツでも聴いて歩こう……。

 

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最後にオマケになりますが、まだ誰も言及していない気がするディープな豆知識をブッ込んでおきます。

今回私も旅の途中で聴いていた、Hatfield and the Northの1stアルバムって、内容はもちろんのことジャケットも抜群ですよね。カンタベリーのキー・カラーとでもいうべきピンク色に染め上げられた空と、広がる郊外の町並み……シーンを代表する素晴らしきアートワークの1つだと思います。では、このアルバムのアートワークの元ネタって何だと思いますか?

もう単刀直入に解説してしまうと、アイスランドの首都レイキャビクのとある場所の風景をベースに、ルネサンス期のイタリアの画家、ルカ・シニョレッリの絵を空にコラージュしたものです。いやいや、普通これってカンタベリーの街並みだと思っちゃうでしょ!?
本人にも確認したんで間違いない情報なんですが、なんだかちょっとモヤモヤしませんか? まぁ別に良いんですけど……。

 

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今回の旅の最大の収穫、ワイアットのサイン入りレコード。正直本物かどうかは分かりませんが……。

 

今回は音楽シーンのご紹介と、そのゆかりの地を訪ねるという話でしたが、これって結構オススメです。例えば、ブリティッシュ・フォークを日本家屋の4畳半の畳の上で聴くのと、イギリスの煉瓦造りの家と田園をバックに、石畳の上を歩きながら聴くのとでは、全く違った音楽体験となるはずです。どうしてこういう構造の音楽ができたのか、なんでサウンドにこんな空気感が含まれているのか……その音楽が作られた地で聴くと、妙に納得させられることがあるんですよ。

サブスクとかで便利に音楽を聴くことを否定する気はさらさらありませんが、しちめんどくさいレコードを愛でたり、わざわざ現地を訪ねてまで音楽を聴いたりするのも、少しでも多く音楽を楽しんでやろうという気持ちからくるものなんです。

そんな気持ちを少しでもお持ちのアナタ、生は生でもライブともまた違う、リアル・ライフ体験型とでもいうようなこのスタイル、お試しになってみてはいかがでしょうか? ぜひ!

 

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Text&Photo:山中明(ディスクユニオン)
Edit:大浦実千