【レコにまつわるエトセトラ】アウトドア・ディギン! 〜 太陽の下でもレコを掘る、レコード・マーケットに行こう!【第36回】


近年また盛り上がりを見せつつある、レコード/アナログ盤。リアルタイムで再生メディアとしてレコードと接してきた世代だけではなく、CDやカセットすらも馴染みのない若い世代の人たちからも“新鮮”なものとして受け入れられているようです。

そうした流れの中でこの世界の魅力をよりディープにお伝えするべく始まったのが、本連載【レコにまつわるエトセトラ】。ディスクユニオン新宿ロックレコードストア店長の山中明氏を水先案内人に、入り口から底知れぬ深淵に至るまでを旅しましょう。

第36回のテーマは、“アウトドア・ディギン! 〜 太陽の下でもレコを掘る、レコード・マーケットに行こう!”。昨今のブームもあり、実際のレコード店はもちろん、ECサイトやネットオークションなどインターネット上で、レコードを購入した経験がある人は多いはず。

今回はそんなポピュラーな2つのパターンとはまた異なる、レコードを購入する場所…「レコード・マーケット」についてご紹介。数々の海外買い付けを行ってきた著者ならではの本場・イギリスでの例に加えて、ここ日本での例も紹介しながらその魅力に迫ります。

レコードとの出会いの場…「レコード・マーケット」のハナシ

 

レコにまつわるエトセトラ(1)

「RECORD MARKET」

 

みなさんはどうやってレコードを探されているでしょうか? もちろんお住まいの場所とか、周りの環境によってもかなり変わってくると思いますが、大半の方はレコ屋かネットかの二択が多いのかなと思います。

今でこそ観葉植物の1つでも植わってそうな、シャレオツなレコ屋も少なくないんですが、オールドスクールな(特に東京の)レコ屋は、雑居ビルの上階にあったりなんかします。いわゆるマンション一室系というヤツですね。

そんなレコ屋って、初心者を遠ざけ倒すような怪しいアングラ臭がムンムンで、そこで一心不乱にレコードを掘っていると、自分もなんだか日陰者的な気すらしてくるワケです……。ただ、その類の店に背伸びして通っていた若かりし頃は、そんな自分が誇らしかったりもするもの。俺も一人前のディガーに仲間入りだぜ、ってな感じです。

ここで押さえておきたいのは、その時緊張しながら買ったものは、不思議と忘れずに頭に刷り込まれているということです。買ってから10年後、その時のレコードに針を落としてみれば、たちまちあの店の雰囲気や臭い、そしてあの時交わした数少ない言葉や、欲しいレコを見つけた時の高揚する気持ちが、まるで真空パックされていたかのように生々しくフラッシュバックするんです。そう、そのレコードからはサウンドと共に体験があふれ出してくるのです。

対して、ネットでの購入はとにかく効率の良さが長所です。ここ20年の間、インターネットは飛躍的な進化を遂げ、自分の部屋と世界を容易に繋ぐことを可能にしました。

そして、今やたった1台のスマホを持ってさえいれば、かつてどれだけ足を棒にしても叶わなかった、掘りの速度と深度を実現するワケです。さらに、膨大な情報のインタラクティブな共有により、ラベルやマトリクス等々の細かい情報の研究が急加速し、廃盤市場の価値観を根底から覆してきました。

ただ、これってレコード体験としては、なんだか少し薄味な気がするのもまた事実。ポチって買っていざ届いても、手に入ったこと自体に満足してしまって、棚にそっと閉まって終わり、なんていうことも少なくありません……。え? 私だけ? いやいや、心当たりあるでしょ?

まぁ結局は使い分けなんですが、この二択とも少し違った掘り方をしてみると、また新しい音楽との出会いがあったりするかもしれませんよ〜ということで、今回はレコード・マーケットのハナシ。

国内外さまざまなマーケットに行ってきた私が、日本と海外から選りすぐった2つの会場をご紹介します。さぁレコバックを肩に下げて、太陽の下に繰り出そう! レッツ・アウトドア・ディギン!

 

本場・イギリスのレコード・マーケット事情は…?

 

レコにまつわるエトセトラ(2)

こ朝早く行って、準備中から待ち構えます。

 

レコード・マーケットの類語として、レコード・フェアというものがあります。厳密な決まりはなく、別に大した違いもないんですが、フェアはレコード専門のガチ勢用イベント、マーケットは飲食や古着の露店なんかと組み合わされた、みんなで楽しめる総合イベント。ざっくりとそんな感じでしょうか? 個人的なイメージですけど。

ではまず、イギリスで数多開催されているマーケットの中でも、個人的に最もオススメな「Old Spitalfields Market」をご紹介しましょう。

ロンドン中心部の東側、地下鉄Liverpool Street駅から歩いて5分ほどの場所にあるこのマーケット、シャレオツでありながらもかなりの本格派です。さかのぼること350年前、1600年代中頃から同場所にて市場が開かれるようになり、現在の建物はヴィクトリア朝時代となる1800年代末に建造されています。

そんなロンドンを代表する老舗マーケットですが、日々さまざまな姿を見せてくれます。フード、ファッション、観葉植物等のショップが入れ替わり立ち替わりで並び、ワークショップやDJパーティー等のイベントも次々に開催されたりと、その歴史にかまけて古き良きでとどまりを見せたりなんかしない、そのコンセプトのフレッシュさもロンドン随一です。

敷地は結構広いので、同日にさまざまなジャンルのお店が出店されたりもしていますが、肝心のレコードが出品されるのは、毎月第1と第3金曜日に開催される定期イベント「Vinyl Market」です。

出店数は20程度でしょうか? 1店舗につき(少なくとも)1,000枚は出品していると思いますので、全部見ようとするとなかなかの時間が掛かります。なお、こういうフェアとかマーケットに出店する人は、実店舗を持っていないディーラーがメインとなります。

特にイギリスでは、毎週末どこかしらでこういう販売の場があるということもあり、レコード・ディーラーの一本槍で生計を立てている人はかなり多いです。うらやましいですね!

 

レコにまつわるエトセトラ(3)

この時点で朝8時ぐらい。まだ早いので人は少ないですが、ボチボチ販売スタートです。

 

そして、やっぱり気になるのはその内容です。それはクオリティとも言えますが、ここはそんじょそこらとはワケが違います。ジャンルはロックが中心となっており、ディーラーによっては少ないながらもレゲエやブラック・ミュージック等、他ジャンルの取り扱いもあります。

価格帯もいろいろで、数ポンドの親しみやすいプライス・ラインのものから、プログレ・コレクターが泣いて喜びそうな悶絶レア盤までもが並びます。その辺りは参加ディーラーによって変わってくるワケですね。

ちなみに、ここでの私は完全な鬼武者モード(aka 仕事モード)に入ってますので、にぎわうマーケットを捉えた良い感じの写真は撮っていません。すいません……。

ただ、こんなのもありましたよっていうことで、ちょっと1枚だけご紹介します。

 

レコにまつわるエトセトラ(4)レコにまつわるエトセトラ(5)

 

Heartbreakersの’77年デビュー作『L.A.M.F.』のマスター・テープです。外箱に貼られたインフォ・シートを見てみると、曲順が違っていたり、一部ミックスが変えられていたりと、非常に史料的価値の高いヒストリックな逸品と言えるでしょう。うーん、たまらん……。

 

レコにまつわるエトセトラ(6)レコにまつわるエトセトラ(7)レコにまつわるエトセトラ(8)

 

私も久々に訪れたということもあって、いろいろなディーラーに挨拶をしたり、あーでもないこーでもないと値段交渉をしながらガンガン掘っていったんですが、気づいた頃にはもう昼過ぎ。みなさんも経験があるかもしれませんが、レコードを休憩なく数時間掘り続けるって、予想以上に消耗するものなんです。

ということで、この手のマーケットの利点を活かして、しばしランチタイムとしましょう。バーガーみたいなファストフードっぽいものから、イタリアンや中華と多くの露店が並んでいますが、今回はインド・カレーをセレクトしました。豆のダール・カレーってヤツです(もう1点の写真にある、ビリヤニも美味そうでしたが…)。

ちなみにですが、ここで改めて強調しておきたいのは、イギリスの料理って全部が全部ヤバめなわけではありません。たしかに世間ではすこぶる不評なイギリス料理ですが、アレな感じの確率が高いのは伝統料理や現地料理(失礼!)で、他国の料理は至ってうまうまクオリティです。

そしてこのカレーもシンプルに美味しくて、結構食べ応えもある量でした。値段は8.95ポンドなんで、ざっくり換算すると1,400円ぐらい。日本に比べるとちょっと高めですが、イギリスの物価を考えると悪くないプライス感ではあります。

そしてこの後は、ひとしきりチェックをして会場を離れ、他の街のレコ屋を巡ってもうひと掘り、その後もさらにディーラーの家にお宅訪問してもうひと掘りと、(当たり前ですが)1日中掘り倒した日でした。

なお、今の原稿執筆時点ではそれから1ヶ月以上経っていますが、あのマーケットで買ったレコードに触れると、どこからともなくダール・カレーの匂いが漂ってきます。まぁガチガチに気のせいなんですけど、やっぱり買う時に一緒に体験したことって、セットで思い出しちゃうものですよね!

 

日本のレコード・マーケットも訪問

 

レコにまつわるエトセトラ(9)

ここ数年で再開発が進む下北沢駅。

 

とここまではイギリスのマーケットをご紹介しましたが、今度はここ日本のマーケットをご紹介しましょう。イギリスから帰国後ほどなくして、ちょうど良いタイミングで開催されていましたので、様子を見てみようということで初めて行ってまいりました。

ということでお伺いしたのは、2020年より運営を開始した、下北沢のお洒落ニュー・スポットBONUS TRACKで、4月23日と24日に開催されていた「RECORD MARKET」です。

 

レコにまつわるエトセトラ(10)レコにまつわるエトセトラ(11)

 

現代版商店街とも称されるBONUS TRACKは、飲食や物販、ギャラリーやコワーキングスペースと、さまざまなアイデアにあふれた複合型施設です。言ってみれば、小さな「街」みたいなものでしょうか。

場所は下北沢の駅から歩いて5分程度、すごく抜けが良くて清々しいロケーションとなっています。そして、入口を入ってトコトコと歩いていくと、すぐにマーケットの看板が見えてきました。

 

レコにまつわるエトセトラ(12)

こちらはイギリスの某フェアの案内板。

 

ちなみに余談ですが、この手のレコード・フェアとかの案内板って、見えてきただけで否が応でもテンションが上がっちゃいます。特に私たちバイヤー勢は、期待と不安、そしてレコードへの愛憎(?)が入り混じって、「やったるぜ!」と血湧き肉躍ったりするもんです。でも、そこはレコード好きのみなさんも同じですよね!

 

レコにまつわるエトセトラ(13)レコにまつわるエトセトラ(14)レコにまつわるエトセトラ(15)

 

そして、いよいよ会場に到着です。
2021年から始まった「RECORD MARKET」は、今回で3回目の開催。同名の別イベントもありますが、こちらはBONUS TRACKと、施設内に店舗を構えるレコード・ストア、pianola recordsによる企画となっています。

出店店舗は、下北沢をホームグラウンドとした、約20の店舗やコレクターが中心。ロックやジャズなんていう王道はもちろんのこと、ダンス・ミュージックやアヴァンギャルド、果てはfor DJな日本民謡まで、「レコード大国日本」らしい、その色とりどりな品揃えは実に刺激的です。

なお、唐突に「レコード大国日本」なんて言いましたが、日本のディガー、そしてコレクターの方々の深堀り度合いは本当にエゲツないです。私もいろいろな国で数々のレコ屋を巡り、多くのコレクターのお宅を訪問してきましたが、日本ほどジャンルや国を越境した、ワイドレンジなレコ揃えを見ることは滅多にありません。

しかも、それぞれにワールドクラスのスペシャリストが存在し、世界のマーケットを先導するほどにディープな研究を進めていく、そんな気概に満ちた方も少なくないのです。リスペクト。

 

レコにまつわるエトセトラ(16)

 

DJブースからはナイス・チョイスな音楽が流れ、飲食店からは美味そうな匂いが漂います。多くの座り席もあるので、掘り疲れたらご飯を食べながら一休みしましょう。もちろん釣果のチェックも欠かさずに!

ちなみに私はビールを飲んでホロ酔いで掘っていましたが、やっぱりこういうのがアウトドア・ディグの醍醐味ですよね! うぃ〜楽しい!

 

レコにまつわるエトセトラ(18)レコにまつわるエトセトラ(19)

 

pianola records

https://pianola-records.com

主催者であるpianola recordsさんにも伺ってきました。特にアヴァンギャルド方面が十八番で、レコードの販売だけではなく、自身の運営するレーベル「conatala」から良質な作品をリリースしたりもしています。

まず店内に入ると、柔らかい光が差し込む洒落たムードに心惹かれます。さらに、ドカンとど真ん中にピアノが鎮座していたり、ブラウン管のテレビやSlapp Happy『Acnalbasac Noom』のポスター等々、細かなインテリアにもこだわりを感じます。

もちろん肝心のレコードのラインナップも素晴らしいです。エッジの効いた音楽がお好きな方は、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか?

 

レコにまつわるエトセトラ(20)レコにまつわるエトセトラ(21)

 

ネットでもリアルでも、自分が欲しいものに最短距離でアプローチする、そんなレコードの探し方が必要な時もありますが、どうせならその過程も目一杯楽しんでみてはいかがでしょうか?

1枚のレコードを巡って紆余曲折あって苦労したり、その道中で美味いご飯屋さんを見つけて小さくガッツポーズしたり、ひょんなことから新しい音楽仲間に出会ったり……そんなレコードにまつわるささやかなドラマが生まれるかもしれません。

そして、それらの体験は音と共に心の溝に深く刻み込まれ、あなたをより楽しくてディープなレコードの世界へと誘っていくのです……。ぜひお試しあれ!

 

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Text&Photo:山中明(ディスクユニオン)
Edit:大浦実千