第28回 ヒットを狙うということ②【音楽あれば苦なし♪~ふくおかとも彦のいい音研究レポート~】

ビッグヒットやロングヒットは狙っていなかったところから生まれることも多く、いくら狙っても売れないものは売れない。なぜなら大衆の心は移ろいやすくつかみにくいから、というようなお話をしてきました。
日本人は特に移ろいやすいような気がしますねぇ。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということわざ、どうやら英語では同じ意味のものはないみたいですから。「danger past and God forgotten」というのが近いのですが、これはどちらかと言うと「苦しい時の神頼み」なんだよね。
それはそうとして、だけど、もしかしたらヒットの狙い方もよくないのかもしれませんね。「ヒットを狙う」とは、具体的にどんなことをしているのでしょう?

 

ヒット狙いの手段【制作編】

 

たとえば、登場した時のiPhoneのように、他のモノでは得られない画期的な機能を持つ上に、見た目にもカッコいいという、どう考えてもヒットしそうな、しかも高額な商品なら、カッコいいTV-CMでもドドンと流せばOK!てなもんでしょうが、世の中に星の数ほどある、しかも単価が安い(ので大きな宣伝費をかけると元が取れない)、音楽という商品の場合、ことは容易ではありません。

特に音楽は、聴かないと分からないところがやっかいです。もちろん、聴いてすぐ分かる(いいと思う)音楽のほうが有利なので、まずは制作面の話から。

何気なく聴いていても耳を惹く「キャッチーさ」と何度も聴きたくなる「中毒性」、その両方が欲しい。と、言うのは簡単ですが、これがなかなかできないから、みんな苦労しているんですね。
なのでたとえば「売れ線」を狙う。ヒットするメロディというものは時代が移ってもそんなに変わるわけではないので、過去のヒット曲に共通するエッセンス(それが「売れ線」ってやつですね)を取り入れるのです。そうすると、まあ馴染みがある、聴きやすいものにはなりますよね。
エッセンスだけじゃなくて、既存曲の一部をそのままいただいてしまうのが、いわゆる「パクリ」で、はっきり言って著作権法違反ですが、けっこうあるんですよね。訴えられないよう、あからさまに真似しないで、少し変えたりして使う。そこまでしてヒットが欲しいかと思いますが、欲しいんでしょうねぇ。ただ、たまたま似てしまっただけということもありうるし、音楽に限らず芸術は「模倣から始まる」もので、既存の作品からインスパイアされるのは当たり前のことなので、見極めがむずかしいところです。パクリで売れてもホントの喜びはないだろう、ってことで溜飲を下げておきますか。
もっと健全に、過去のヒット曲を丸ごと再演する「カバー」という方法もありますね。曲自体への安心感とその料理の仕方への興味で、注意を喚起しやすいことから、特に無名の新人にはよく使われる手ですが、数が多いので目立つのはたいへん。それだけではさほど有力な手段とは言えません。

 

音楽あれば苦なし♪(1)

 

ヒット狙いの手段【宣伝編】

 

なんとかヒットしそうな曲ができたとして、それを聴いてもらうためには、メディアに出していかねばなりません。

もし好きにお金を使えるなら、曲をラジオやテレビのCMとして大量に放送すれば、多くの人に聴かせられるでしょうが、前述のように、そんなにお金をかけたら売れても元がとれません。そこで70年代後半から、企業のCMやテレビドラマに便乗するという手法が増えていきました。いわゆる「タイアップ」です。音楽サイドからは巨額の電波使用料の負担なく、音をメディアに載せることができ、企業やドラマの側は制作費や使用料なしに音楽が使える、ウィン・ウィンの取引というわけです。資生堂とカネボウのキャンペーン合戦やトレンディ・ドラマ大人気の時代は、たしかに大きな威力があり、そうしたタイアップが決まればヒット期待値が大きいので、他の宣伝活動にも力が入り、実際たくさんのヒット曲が生まれました。ただ、もうやり尽くされたと言いますか、近年ではあまりにもありふれて、新鮮味もなく、ポテンシャルも落ちています。それでいて、タイアップがないと、ビッグ・アーティストでもない限り、レコード店や配信サイトでプッシュもしてもらえなくなっていて、やむを得ずタイアップ獲得には奔走せざるを得ない、なんて妙なことになっているようです。ちょっと閉塞的状況ですね。

そしてやはり、CMのようにただ流れるのと、誰かがお勧めしながら紹介するのとでは印象が全然違います。自分の耳で好き嫌いを判断して買うかどうかを決断する、ホントはそれが当たり前のことなのですが、それができる人は案外少ないようです。特に、空気を読み、人と合わせるのが国民性とされる日本人には「ヒットしている(ようだ)から買う」というタイプが多いみたいで、だから売る方は「しょっちゅう耳にする」、「いろんな人が褒めている」という状況をつくり出したいのです。それにはメディアの人たちにノッてもらう必要があります。
たくさんのライバルがいる中、いかに曲がキャッチーで中毒性があってもそれだけで人は動いてくれません。ごくたまに、その音楽に惚れ込んだラジオDJがひたすらプッシュしまくって、ヒットにつながったという、初期の荒井由実のような「ええ話」もありますが、それはもう、狙ってないところからヒットが出たというのに近いできごと。
そこで必要なのは、人が振り向きそうな「話題」です。そもそも、メディアの人などに曲をプレゼンするだけでも「いい曲ですから聴いてください」だけでは弱い。「スティービー・ワンダーに書き下ろしてもらった***の新曲です!」と言えば、誰でも一度は聴いてくれますよね。
結局宣伝手段といっても制作段階のことなのですが、有名プロデューサーや作詞・作曲家、ミュージシャンを起用したとか、ジャケットを高名なイラストレーターが手掛けたとか、ともかくメディアが取り上げてくれそうで、最終的に大衆が「へー、ちょっと気になるなぁ」と思ってくれる「話題」が欲しいのです。一時期、海外レコーディングが流行りましたが、あれもひとつには話題づくりですね。
そういう意味では「アイドル」というのは、歌い手自身を話題にしているんですね。「かわいい」、「カッコいい」、「若い」などという音楽には直接関係ないことが、アイドルの重要項目であるのは、それが強力な話題になるからです。"AKB48"に始まる大人数アイドルも、かわいさがそこそこなので(失礼)、「人数」を話題のための武器にしたのでした。
ちなみに、"AKB48"と言えば「握手券」や「イベント参加券」をCDに添付することでCDが売れる、という商法が話題(問題?)になりましたが、あれは「ヒット狙い」とも言えませんね。単なる商売。いくら売れても曲がヒットしているわけじゃありませんから。

そう考えると、先ほど「タイアップ」のところで「ビッグ・アーティストでもない限り」と言いましたが、ビッグ・アーティストであることはひとつの大きな「話題」なんですね。映画業界でいちばん確実なヒット狙いは「ヒット作の続編」だと思いますが、ビッグ・アーティストってそれの音楽版とも考えられます。続編、続々編としてアルバムを出していく。最近も山下達郎の11年ぶりのニューアルバム『SOFTLY』が話題になっていましたが、彼ほどのビッグ・アーティストになれば、その新作ということだけでも注目されますし、国内外のビッグネームとコラボしたり、イメージのいい大型タイアップができたりと、さらに他の話題も増やしやすいのです。
前回、参照した「日本のシングル・レコード売上ランキング」でも、「およげ!たいやきくん」や「女のみち」など「狙っていない」大ヒット以外の上位曲は、“サザンオールスターズ”、“米米CLUB”、“CHAGE and ASKA”や“Mr. Children”など、すべてJ-POPのビッグ・アーティストたちでした。

だけど、この「話題」(=ビッグ・アーティストであること)は簡単にはつくれません。アイドルであれば、オーディションなどで可能性を見極めて、つくることができるかもしれませんが、ビッグ・アーティストはつくろう(なろう)と思ってつくれる(なれる)ものじゃありません。音楽アーティストとしての才能と努力はもちろん必須でしょうが、それだけでは充分ではありません。あれだけの能力を備えた達郎氏でさえ、3rdアルバム『GO AHEAD!』(1978)の制作時には「これで売れなかったら裏方(作曲・プロデュースなど)でやっていこう」と考えていたといいます。それこそ「狙っていない」ところから生まれてくるものなのです。

 

音楽あれば苦なし♪(2)

 

ユーザー・オリエンテッドはダメ

 

さて、長くなってしまいましたが、ザックリまとめますと「ヒットを狙う」ためにやっているのは「大衆の喜びそうな作品と話題の提供」ということでしょうね。ただ、作品そのものをつくるのはアーティストや作家などクリエイターたち。故・筒美京平さんのように「ヒットすることしか目指していない」猛者もたまにはいますが、それはやはりその人次第。周りの音楽業界人にできるのは、大衆の嗜好に合わせて動くことだけなんですが、これが移ろいやすいのは冒頭に述べた通りです。たいてい、その「嗜好」は読み切れない。「ユーザー・オリエンテッド」なんて言葉を使う業界人もいますが、どうカッコよく言おうと、せいぜい大衆に媚を売るくらいのことしかできていません。ある程度、ヒットの確率を高めているのでしょうが、どうも全体的にチマチマしていて、とてもホームランを打てそうにはありません。むしろ、音楽から自由やゆとりやダイナミクスを奪っていくばかりな気がします。
だから大衆はしばしば「狙っていない」音楽に魅せられて、時々それが大ヒットになっていくのだと思います。

先ほどiPhoneの話をしましたが、スティーヴ・ジョブズがこんな言葉を残しています。「顧客が望むモノを提供しろという人もいるが、僕の考え方は違う。顧客が今後、何を望むようになるのか、それを顧客本人よりも早くつかむのが僕らの仕事なんだ。欲しいモノを見せてあげなければ、みんな、それが欲しいなんてわからないんだ」。
本当に「ヒットを狙う」ならこのレベルにいかないといけないんですね。とても難しいし、だからこそジョブズは天才だったんでしょうが、せめて、大衆に媚び売ってないで、視線をもっと高くもって、考え、行動することくらいは心掛けたいですね。

 

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