第十七回 祇園祭とハイボール 【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】

三年ぶりに山鉾巡行が行われた祇園祭ですが、前祭は連休と重なったこともあり、大変な人出だったようです。元々、疫病退散を願って始められた祭礼で、その歴史はたいへん古く、貞観11年(869年)に遡ります。

その当時の国の数であった66に因み66本の矛を立てて祇園社から神泉苑に神輿を送ったのが始まりとされています。さらに遡ると863年に神泉苑で行われた御霊会で、早良親王や伊予親王などの6柱の御霊を鎮めるために経を説き、雅楽や舞を奉納したそうです。疫病は、無実の罪を着せられて亡くなった人の怨霊の仕業だと信じられていました。864年には富士山の噴火、869年には貞観地震が起こり、社会不安が増すなかで869年に諸国の悪霊を矛に宿し、祓い清めるために御霊会が再び執り行われました。

現在では前祭・後祭の山鉾巡行や前夜祭である宵山で知られていますが、その実態は7月1日の「吉符入り」から31日の「疫神社夏越祭」までの期間に亘る長いお祭りです。

前祭は7月14日から16日の宵山の後、17日に山鉾巡行、後祭は21日から23日の宵山に続き24日に山鉾巡行。その前には「鉾建て」と呼ばれる山鉾の組み立てが行われます。宵山の期間には鉾の提灯に灯りが灯され、幻想的な光景が広がります。この時に「屏風祭」と言って鉾町の旧家や老舗では所蔵する屏風などの美術品を一般に公開する習わしがあって、鑑賞することが出来ます。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(1)

 

また、宵山では「日和神楽」と呼ばれるお囃子が奏でられます。これは字が表す通り、巡行が良い天候に恵まれるように願うもので、鉾から降りて、街を練り歩きます。四条通の御旅所で神楽を奉納演奏するのですが、長刀鉾だけは八坂神社まで進み、唐子という曲の奉納演奏をします。これがなんとも風情があって、僕は個人的に宵山の一番の楽しみでもあります。

最近では夜になっても気温がなかなか下がらなくなりましたが、人混みの熱気の中で、お囃子が聴こえてくると、それが一服の清涼剤となり、たいへん心地よいものです。

「コンチキチン」と表わされる「鉦」の音に「太鼓」と「笛」が加わって「祇園囃子」が奏でられます。20センチほどの大きさの青銅合金製で「鉦すり」と呼ばれるバチを使って鳴らします。柄の材料は鯨のヒゲ、頭には鹿の角が用いられます。太鼓はいわゆる締太鼓で欅などから作られる胴に牛の皮を張り「調緒」という麻紐で締め上げます。バチは檜で作られます。笛は「能管」と呼ばれる竹製7穴の横笛です。

 

 

~今月の一杯~

 

サンボアのハイボール

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(2)

 

1918年創業の「岡西ミルクホール」の起源を持ち、100年を超える歴史を持つバー・サンボア。大阪に8店舗、京都に3店舗、東京に3店舗の合わせて14店舗に加えて、創業の地・神戸に昨年復活を果たし、現在は15店舗を構えています。15店舗といっても、暖簾分けで増えてきたので、それぞれオーナーが違っており、そのスタイルも店によって特色がありますが、共通するのは美味い「ハイボール」。ベースになるウイスキーも店によって違いはあるものの、冷やしたダブルのウイスキーに豪快にソーダを注ぎ込んで作る独特のハイボールはサンボアの代名詞となっています。

専用グラスにウイスキーの量を示す印が刻まれているのも特徴で、飲む際にはそれがちょうど指をかけるのにぴったりの位置で、その感触も楽しみながら味わっています。

僕が行ったことがあるのはおよそ半分くらいですが、旅先にサンボアがあると他のバーを差し置いてサンボアに引き寄せられてしまいます。先日は、祇園サンボアを訪れ、ハイボールで身体を冷やしながら、マスターの中川瑞貴さんに祇園囃子の話をお聞きしました。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(3)

 

中川さんは現在、長刀鉾で笛方を務めています。小学校三年生くらいの時に最初は鉦方から始めて、15年。その後、笛方になられたそうです。鉾によって多少の違いはあるものの、全員スタートは小学校の低学年の頃に鉦方から始めるとのこと。成人してようやく、太鼓方か笛方に選ばれるということでした。生稚児が乗るのは今では長刀鉾だけですが、この稚児や禿を務めた子は翌年、鉦方としてお囃子に参加するのが慣例となっています。

 

巡行は稚児による「注連縄切り」の儀式で7月17日午前9時に出発します。最初のお囃子はまだゆっくりとした曲調で、「神楽」が御旅所前、「唐子」が辻回し、「太郎」が最後にという大まかな決まりはあるものの、30曲ほどある中から太鼓方の指示で次々とお囃子が奏でられます。2名の太鼓方はいわば指揮者の役割を果たし、鉾の両脇に乗る計18名の鉦方、笛方をリードしながら進んでいきます。鉾の上には交代要員も乗っているので、総勢50名近くとなり、物凄い熱気となるようです。また、鉾の縁はよく滑るそうで、安全のために命綱を着けて乗っているそうです。特に今年は三年ぶりということもあってよく揺れたと聞きました。辻回しのあたりから速い調子のお囃子が奏でられ、巡行の終盤、特に狭い新町通では看板や電線などの障害物を避ける屋根方が大忙しとなります。

 

さて、ハイボールを飲み終えたら、食事に行きましょう。祇園祭は別名「鱧祭」とも称されるほど、この時期の鱧は旬を迎えています。小骨の多い鱧を専用の大きな包丁でザクっザクっと骨切りする音は、この時期、祇園囃子の音色に加えて、もう一つ好きな音かもしれません。湯引きにして梅肉で食べるもよし、椀種としてもよし、焼いてもよし。祇園祭を訪れた際にはぜひ味わってみてください。

 

 

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Text&Photo(ハイボール&バー・サンボア):野津如弘