鬼刑事がドラマーに!? 楽器未経験の阿部寛が、猛特訓で見事なスティックさばきを披露。『異動辞令は音楽隊!』

映画『ミッドナイトスワン』などを手掛けた内田英治監督の最新作『異動辞令は音楽隊!』(2022年夏 全国ロードショー)。
音楽がテーマの映画や、劇中に楽器が出てくるとチェックせずにはいられない吹奏楽部出身の筆者としては「楽器経験のない警察官が、人事異動で音楽隊に」というあらすじを見た瞬間「えっ……!? そんなことがあるの?」と真っ先に思った。「未経験者が音楽隊で演奏なんてできるの?」と。

主演の成瀬司を演じる阿部寛は、犯罪撲滅に人生のすべてを捧げ、現代の大きな社会問題にもなっている“アポ電強盗”を追う鬼刑事。そんな彼が、ある日突然上司から「音楽隊に行ってほしい」と異動辞令を言い渡される。

一昔前に比べ、パワハラなどのコンプライアンスが重視される今の時代、違法すれすれの捜査や部下への高圧的なふるまいなどで、周囲から完全に浮いていた成瀬は、いわば“日陰の部署”ともいえる音楽隊に「不本意にも異動させられた」ともいえるだろう。

 

異動辞令は音楽隊!(1)

 

筆者の周りにも、警察や自衛隊、消防などの、いわゆる“公務員音楽隊”で活動している知り合いがけっこういるので、地域のイベントやお祭りなどで、人気のポップス曲などを演奏する彼らを見ては「さすが音楽隊。やっぱり上手だなあ」と思っていた。ところが、知人の音楽隊員数名に聞いたところ、音楽だけを仕事にできるのは、大都市にある規模の大きな音楽隊くらいだといい、地方の小さな音楽隊は、映画にも出てくる「兼務隊員」が大半とのこと。パトカーでパトロールする警察の「警ら隊」や、火災などの災害時に現場で対応する消防の「警防」担当など、さまざまな任務と音楽隊を兼務しているのが現実なのだ。

地方の消防音楽隊に所属する知人は「音楽隊の入隊希望者はもちろんいるけど、中には一度も楽器を触ったことがない人もいる。経験者が退職していけば補充しなければいけないし、それがすべて経験者とは限らない。いかんせんなり手がいないので」とのこと。音楽隊は、てっきり音楽好きな希望者が楽しく演奏しているものだとばかり思っていたが、現実を聞いて、阿部寛の置かれた環境がより深く理解できたのであった。

このように、突然音楽隊に異動した阿部寛は、パーカッションパートで未経験のドラムを担当することになる。劇中では「子どもの頃、和太鼓をやったことがある」という設定だが、和太鼓とドラムはまったく違うし、実際には音楽経験ゼロ状態からのスタート。阿部自身もドラム未経験のため、吹奏楽部に入った1年生が実際に行う、ゴムでできた練習パッドの基礎練習から始めたといい「阿部寛が、あの黒いゴムパッドをひたすらスティックで叩いていたのか……」と想像するだけで、急に親近感が湧いてくる。

ボロボロの練習場所に入ると、壁にびっしり貼られているのは卵ケース。吹奏楽部の音楽室で、防音対策でよく見かけるこの卵ケースを取り入れ、いかにも「予算のない音楽隊」ということが一目でわかり「細かいなあ……」と思わずニヤけてしまった。

 

異動辞令は音楽隊!(2)異動辞令は音楽隊!(3)異動辞令は音楽隊!(4)

 

合奏シーンで流れてきたのは、米津玄師の『パプリカ』。市民が集うイベントやお祭りなどで行う音楽隊のコンサートでは、親しみやすいJ-POPや誰もが知るヒット曲を演奏することも多く、練習場所に掲げられているのは「県民と警察を結ぶ音の架け橋」と書かれた垂れ幕。日頃から「音楽で市民の皆さんに親近感を持ってもらおう」と活動している音楽隊だけに、この垂れ幕を見た瞬間にもリアリティを感じた。

子育てしながら交通課と音楽隊のトランペットを掛け持ちする来島春子(清野菜名)は、はじめは威圧的だった成瀬に反発するが、居場所を失くして絶望する成瀬の心の弱さを知り、仲間として次第に寄り添うように。仕事と家庭の両立にも悩み、同様の悩みを抱える知人の女性音楽隊員に聞くと「運動会などの学校行事と演奏会が重なることはよくある。産休とともに引退する女性隊員も多く、幹部を目指すことを意識すると、現実的には復帰は難しい」と実情を語ってくれた。どんな仕事でも、働く女性の悩みは共通しているのかもしれない。

劇中では、『イン・ザ・ムード』に『ラデツキー行進曲』『アメイジング・グレイス』『聖者の行進』など、誰もが聴いたことのある名曲が次々と流れる。駅前で行われた犯罪撲滅キャンペーンで『宝島』を演奏するシーンでは「やっぱり吹奏楽といえばこの曲なんだなあ……」とあらためて感じたほど、多くの吹奏楽経験者に愛されている曲ということを再認識した。

聴いていてわくわくする演奏シーンに演技の吹き替えは一切なく、練習パッドからスタートしたとはとても思えない、阿部寛の力強いドラムプレイは必見だ。

すべてを失くしても、また輝ける場所やチャンスは誰にでもある。

クスッと笑えて時にホロリとさせられる、人情味と音楽にあふれるこの映画を見て、そんなことを感じた。

 

異動辞令は音楽隊!(5)

 


 

【Information】
 

映画『異動辞令は音楽隊!』https://gaga.ne.jp/ongakutai/

2022年8月26日 全国ロードショー


異動辞令は音楽隊!(6)
 

出演:阿部 寛 清野菜名 磯村勇斗 高杉真宙 板橋駿谷 モトーラ世理奈 見上 愛 岡部たかし 渋川清彦 酒向 芳 六平直政 光石 研 / 倍賞美津子

原案・脚本・監督:内田英治 『ミッドナイトスワン』

主題歌:「Choral A」Official 髭男 dism

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配給:ギャガ

 


 

Text:梅津有希子