【秘密レコード〜 レコ屋がこっそり教える、ヒミツのレコメンド】第2回「蒐集家をも唸らす、マニアック・ウエディング・ソング」


ディスクユニオン新宿ロックレコードストア店長の山中明氏​​による、新たな連載コラムがスタート! レコード・バイヤーとして、そして1レコード愛好家として有名無名を問わず数知れない盤に触れてきた著者が、独自の視点でセレクトした推薦盤をその時々のテーマに沿って紹介していく連載です。

第2回は「蒐集家をも唸らす、マニアック・ウエディング・ソング」レコード・コレクターならば、自身の結婚式で流すBGMにも思いっきりこだわりたいもの! …と言い切ってしまって良いものか分かりませんが、大事なことは確かですよね。今回はそんなコレクター諸氏に贈る、秘密レコードならではのウエディング・ソングをご紹介していきます。

なお、以下に記載のレアリティーはあくまでもオリジナル盤の希少度になります。多くはCDやアナログ盤で再発されていたり、音楽配信されていたりもしますので、もし気になったものがありましたら、まずはインターネット上でディグするところから始めてみてはいかがでしょうか? そこには、底知れぬ深淵が待ち構えているかもしれませんが…。

秘密レコード_01


いらっしゃいませ! Himitsu Recordsへようこそ!

まだまだ暑い日々が続きますが、秋になればシーズンを迎える結婚式。多くの方にとっては、結婚式こそが一世一代の晴れの舞台ではないでしょうか。そして、それは(一部を除いて)レコード・コレクターとて例外ではないのですが、蒐集家たるもの、そんな時に流す音楽にもなんだか過敏になってしまうものです。

今まで人生の大部分を音楽、いやレコードに捧げてきた私たちにとっては、結婚式で流す音楽こそが自身の半生を総決算するマイ・サウンドトラック。ここでぬるい音楽を流してしまうと、自身の培ってきたアイデンティティーが揺らいでしまう云々……なんてかなりオオゲサな方もいるかもしれませんが、たしかに音楽を聴くのにわざわざレコードを選ぶような(つまり今このコラムを読んでいるアナタのような)コダワリの詰まった方たちであれば、さもありなんといった塩梅ではないでしょうか。ただ、そうは言っても結婚式は自分1人でやるものではないので、奥様とのパワー・バランス次第にはなるんですけどね……。

ということで、今回はそんなコダワリな方たちに向けて、当店からオススメのウエディング・レコードをご提案させていただこうかと思います。もちろんですが、音楽にさほど興味がない方(奥様も?)が耳にしても、ウエディング・ソングだなぁと思うだけで、決して場のめでたい雰囲気を壊したりはしません。もしよろしければ、そんなTPOに沿ったマニアック選曲を参考にしてみてください!


※レアリティーとは

オリジナル盤の希少度を星印で表現しています。最大は6星。

★☆☆☆☆☆ 定番:買いやすくて好内容

★★☆☆☆☆ 王道:一家に一枚

★★★☆☆☆ 希少:試されるのはレコードへの情熱

★★★★☆☆ 財宝:これであなたもお金持ち!

★★★★★☆ 遺産:金銭よりも入手機会獲得の難度

★★★★★★ 神器:世界が一丸となって守り抜くべき聖杯

 

The Beach Boys『Pet Sounds』

発売国:US 
レーベル:Capitol
規格番号:T2458
発売年:1966
推薦曲:A1「Wouldn't It Be Nice」
レアリティー:★★★☆☆☆(3/6)

まずは大定番にして大正義、みなさんお馴染みのハッピー・ソング大名曲です。さすがにこの選曲に異論はないでしょう。だってそこはロック名盤ランキングにおける、トップ戦線常連アルバムのオープニング・ナンバーですからね!
この曲は普通に流すのもアリですが、インストで演奏してもらうっていうのも大アリです。実際、友人は披露宴でスティール・パン奏者にこの曲を演奏してもらって、新郎新婦の入場曲にしてました。めでたい!

 

■ Brian Wilson And Van Dyke Parks『Orange Crate Art』

発売国:US
レーベル:Omnivore Recordings
規格番号:OVL-373
発売年:2020
推薦曲:A1「Orange Crate Art」
レアリティー:★★☆☆☆☆(2/6)

The Beach Boys繋がりでもう1曲。ブライアン・ウィルソンとその盟友ヴァン・ダイク・パークスとの共作から、天井知らずの慈愛に満ちた名曲です。こちらも同じくオープニング・ナンバーですね。

聴いていただければ分かると思いますが、この曲はどちらかというと、入場曲というよりは両親を泣かせにいく時に流したほうが効果的(?)かもしれません。それだけこの曲は、目一杯の優しさに溢れかえっているのです。
というのも、この作品は混迷の時代にあったブライアンに、ヴァン・ダイクが手を差し伸べた作品でもあります。ブライアンによる美しいハーモニーに、ヴァン・ダイクのたおやかなアレンジがそっと寄り添う、まるでそのバックボーンが丸ごと滲み出たようなサウンドは、きっと場の空気を優しく包み込んでくれることでしょう……。

なお、上記クレジットでは発売年を2020年としていますが、作品自体のリリースは1995年のこと。要はリリース当時はCDしか作られておらず、ようやっとレコード化に漕ぎ着けたのが2020年だったのです。ちょい分かりづらいかもですが、ここでのオススメは全部レコード目線なので悪しからず。

そしてやはりというか、全ファン号泣の初レコード化だったということもあり、発売当時は絵に描いたような即完状態。かくいう私も店で売るのに必死になって、個人的には買えなかったクチです。なお、初回プレスはカラー・ヴィニール仕様なんですが、追加プレスされた黒盤であれば、まだ比較的容易に入手できると思います。え? どうしても初回が良いって? 私と一緒に頑張って探しましょうか……。

 

■ Roy Wood『Boulders』

発売国:UK
レーベル:Harvest
規格番号:SHVL803
発売年:1973
推薦曲:A5「Dear Elaine」
レアリティー:★☆☆☆☆☆(1/6)

今度は国を移して、イギリスが生んだ天才アーティストの1曲をご紹介しましょう。

ELO(Electric Light Orchestra)の初期メンバーにして、その前身バンドThe Moveの中心人物、ロイ・ウッド。ご紹介するのは、彼がELO脱退後にリリースした、ソロ・デビュー・アルバムの収録曲です。

彼は本作で自身の持ち得る才能を思う存分発揮し、究極の「ひとりでできるもん!」系アーティストとして、その異能ぶりを見せつけます。作詞作曲はもちろんのこと、1人多重録音バンド&コーラスでも飽き足らず、さらにはプロデュースやアレンジも手掛け、果てはアートワークすらも自分で描く……そんなちょっと他にはいないタイプのコンプリート・マルチ・アーティストとして、その才をありったけ詰め込んだのです。

ちなみにこの手の才人あるあるなんですが、才能ありすぎて恐ろしいぐらい万人受けしづらい作品を次々と出しちゃう、そんなアーティストも少なくありません。
正直、彼もそのタイプの1人なんですが、本作はポップとアートが非常にバランス良く配されており、水と炎が手を繋いだアートワーク(自画像)からも、そんな彼の意図が見て取れます。いや、それは気のせいか……。

まぁそれはさておき、そんな本作の中でも推したい1曲は、作中でもとりわけ美しいメロディーが心震わす名曲「Dear Elaine」です。まさに結婚式を締め括るにふさわしい、情愛溢れる崇高なサウンドは、参加者全員の心を打つこと間違いなしです。
ただ、この曲をよく知ってる人、ないし英語が分かる人が参加者にいた時は、ちょっと注意が必要かもしれません。だって歌詞は、許しを乞う失恋ソングみたいな感じですからね……。ま、バレませんって!

 

■ Water Into Wine Band『Harvest Time』

発売国:UK
レーベル:Private
規格番号:CJT002
発売年:1976
推薦曲:A4「Patience (Is A Virtue)」
レアリティー:★★★★☆☆(4/6)

最後にご紹介するのは、個人的に一番お気に入りのウエディング・ソングです。

ところで「木漏れ日フォーク」といわれるジャンルをご存じでしょうか? 英国生まれの、なんとも穏やかで木漏れ日が差し込むようなメロウなフォークをカテゴライズしたものです。
まぁジャンルと呼ぶにはいささかふんわりとした、これといった定義付けのない俗称なんですが、日本人はみんな好きっていうぐらい非常に人気のあるジャンルです。というか、そもそもこの括りは日本にしかないんですけど。

その中でも顔役ともいえるグループがHeronです。彼らのデビュー・アルバム『Heron』(1970)は、まさに文字通り木漏れ日差し込む野外で、小鳥のさえずりや木々のざわめきをバックに録音されており、(たぶん)このジャンル名の由来ともなった、全日本人必聴の大名作です。

そして、そんなHeronに次ぐ存在こそが、Water Into Wine Bandでしょう。ここでご紹介する1曲は、彼らの2ndアルバムに収録されているんですが、1曲と言わず、1枚通してどこを切っても最高なアルバムではあります。
ただ、一際メロウでドラマチックなメロディー・ラインを各メンバーがリレー形式で歌い継ぐ「Patience (Is A Virtue)」は、これから訪れるであろう紆余曲折の結婚生活を手を取り合って歩んで行こう、そんな決意を固める結婚式にドンズバな1曲と言えましょう。
あ、ここで念のためですが、この曲名を日本語訳しておくと、その意味は「忍耐(それは美徳)」です。うんうん、これ以上多く語るのはやめておきましょう……。

ではここからは、forレコード・コレクターな話もしておきましょう。一説によると、このアルバムは自主制作で500枚のみプレスされ、ライヴ会場のみでの販売となったようですが、即完売状態だったと言われています。そりゃあ現在の高値安定も納得ですね!
なお、インサート1も存在するんですが、かなりの数の個体を見た結果、おそらく最初からすべてに付属していたワケではないと推測します。存在するなら欲しいっていうコレクター心は重々承知なんですが、インサートなしを「付属品欠け」と断罪するには、ちと早計かなとは思っています。どうでしょう?

※1インサートとは、レコードジャケットの中に入っている付属品や封入物のこと。歌詞カードやライナーノーツも含まれる。

また、彼らのデビュー・アルバム『Hill Climbing For Beginners』にも触れておきましょう。このアルバムは1973年に英国のみでリリースされましたが、翌年にはアートワークを変更して英米2か国で再リリースされています。そのタイトルや収録曲は同じということもあり、単なる別ジャケの2ndプレスと認識されている気がします。
ただ、実はこの2枚はまったくの別録音作なのです。たしかに曲も曲順も同じなんですが、ちょっとした音の違いとかではなくて、アレンジが大胆に変更されており、ずいぶんと印象の異なる作品となっています。言ってしまえば、曲が一緒なだけで完全な別作品です。

そしてこの2ndヴァージョンのプロデュースを手掛けたのが、知る人ぞ知る英国裏街道の名職人、ジョン・パントリーです。ソロ・シンガーとして多くのアルバムも残していますが、レコード・コレクター的にはブリティッシュ・フリークビートの顔役、The Factoryでの仕事が印象的でしょう。1999年には彼の素晴らしい作品群をコンパイルした『The Upside Down World Of John Pantry』もリリースされていますので、もしよかったらチェックしてみてください。

なお、この2つのヴァージョンはどっちのほうが良いかなんて選べるはずもないので、どっちも押さえておくのがベター、いや、マストと言っておきましょう。ちなみに、両ヴァージョンとも収録したCDなんていうのもありますんで、手軽に楽しみたい方はそちらをぜひ。

あと最後になりますが、ちょっとした与太話をひとつ。ブリティッシュ・フォークのコレクター諸氏にはよく知られた激レア盤『Some Other Morning』(1976)を残した、Cair Paravelというグループがいます。彼らはWater Into Wine Bandと友人関係だったということもあり、アルバムには美しい女性ヴォーカルによる「Hill Climbing For Beginners」の名カヴァーも収録されています。

そして、このグループの中心メンバーに、ピート・ライダーというギタリスト兼ヴォーカリストがいるのですが、私はこのWater Into Wine Bandの『Harvest Time』を彼から譲ってもらったのです。
もう15年前ぐらいになるでしょうか? 紆余曲折あって、ピートさんは私に譲ってくれたのですが、その時に「俺のアルバムも聴いてくれよ!」ってなことで彼のソロ作『On Our Way Home』(1978)もプレゼントしていただきました。でも何が恐ろしいって、その時の私はピートさんが何者かよく分かっておらず、なんかムチャクチャ気前の良いおっちゃんだなーってなぐらいのノリでした……大変失礼しました! あ、ピートさんのソロ作も素晴らしい作品なので、機会があればぜひ聴いてみてください。

こんなふうにレコードを買うって色んな巡り合わせがあって良いものですよ! では次回ご来店をお待ちしております!​​

 

 

←前の話へ          次の話へ→

 


 

Text:山中明(ディスクユニオン)
Edit:大浦実千