【秘密レコード〜 レコ屋がこっそり教える、ヒミツのレコメンド】第3回「米国三大神童 〜 15才のギフテッドが生みし名作」


ディスクユニオン新宿ロックレコードストア店長の山中明氏​​による、新たな連載コラムがスタート! レコード・バイヤーとして、そして1レコード愛好家として有名無名を問わず数知れない盤に触れてきた著者が、独自の視点でセレクトした推薦盤をその時々のテーマに沿って紹介していく連載です。

第3回は「米国三大神童 〜 15才のギフテッドが生みし名作」。今回は「キッズもの」、その中でも15才という年齢の若き才能が残した3枚についてご紹介していきます。それぞれの魅力はもちろん、制作背景からレコ屋ならではの裏話まで、どの盤も一度は聴いてみたくなる情報満載でお届け!

なお、以下に記載のレアリティーはあくまでもオリジナル盤の希少度になります。多くはCDやアナログ盤で再発されていたり、音楽配信されていたりもしますので、もし気になったものがありましたら、まずはインターネット上でディグするところから始めてみてはいかがでしょうか? そこには、底知れぬ深淵が待ち構えているかもしれませんが…。

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いらっしゃいませ! Himitsu Recordsへようこそ!

突然ですが、「キッズもの」っていう音楽用語をご存知ですか? 個人店系のレコ屋に行ったことがある方は「Kids」とか「Children」なんていう仕切りを見たことがあるかもしれません。
どういうジャンルかっていうと、端的に言えば子供たちによって演じられた音楽のことを指しているんですが、声変わり前のキュートなヴォーカルだったり、稚拙が故に愛らしい演奏だったりが魅力のジャンルです。

なお、「キッズ・サイケ」とか「キッズ・ソウル」みたいな感じで、修飾語のように他ジャンル名と組み合わせて活用されるケースも多いのですが、それというのも、ロックやジャズといった音楽性だけで間仕切るのではなく、年齢という異なる軸を設けることによって、また違った観点から音楽を楽しむというメソッドのひとつなのです。

そんな魅力に溢れた人気ジャンルではありますが、本日ご紹介させていただくキッズ・アーティストたちは、ちょっと他の子供たちとは一線も二線も画しています。
ご紹介する3人のアーティストの共通点は、アメリカ出身の15才の少年たち。たしかに年齢だけみるとずいぶん若いんですが「キッズもの」という下駄を履かさずに勝負できる、つまり大人というか、一線級のプロフェッショナルたちと同じ板の上で対等(以上)に渡り合うアーティストたちなんです。

まぁ15才っていう年齢をキッズと括るにはギリギリかもしれませんが、彼らの音源を初めて聴いて「あーこれ、まだまだ若いなぁ〜……」なんていう感想を言う人はさすがにいないと思います。それだけ年齢とはかけ離れた熟達したサウンドが光る、すでに巨匠のような堂々たる存在感を醸しているのです。ぜひご賞味ください!


※レアリティーとは

オリジナル盤の希少度を星印で表現しています。最大は6星。

★☆☆☆☆☆ 定番:買いやすくて好内容

★★☆☆☆☆ 王道:一家に一枚

★★★☆☆☆ 希少:試されるのはレコードへの情熱

★★★★☆☆ 財宝:これであなたもお金持ち!

★★★★★☆ 遺産:金銭よりも入手機会獲得の難度

★★★★★★ 神器:世界が一丸となって守り抜くべき聖杯

 

Browning Bryant『Browning Bryant』

発売国:US 
レーベル:Reprise
規格番号:MS2191
発売年:1974
レアリティー:★☆☆☆☆☆(1/6)

では、まず最初にご紹介するキッズ・アーティストは、1957年生まれのブロウニング・ブライアント君です。ここでピックアップしたアルバムは1974年リリースなんですが、数えてみると「あれ? それだと17才とかにならない?」って思った方もいるかもしれません。ただ、レコーディング自体は少し前に行われており、その時彼はまだギリ15才でしたのでご安心(?)ください。

まぁそれはさておき、この作品の何が恐ろしいって、たった15才なのに本作はすでに3rdアルバムだという事実です。しかもこれが(メジャーでの)キャリア最終作っていう、合わせ技一本みたいなストーリーです。

1969年、弱冠12才でデビューを果たした彼は、ちびっ子ながら、らしからぬしっとりダンディーな美声で注目を集め、ソロ・アルバム『Patches』でワールドワイドな成功を収めます。「エド・サリヴァン・ショー」を始めとした数々のTV出演、雑誌では読者投票による「Best Boy Singer」を受賞するなど、順風満帆なスタートを切っています。

翌1970年には、続けざまに2ndアルバム『One Time In A Million』をリリース。The Beatlesの「Yesterday」やバート・バカラックの「Raindrops Keep Fallin' on My Head(雨に濡れても)」のような大定番カヴァーを取り上げつつ、相変わらずのヴォーカル・ワークと良質なバッキング・アレンジで練り上げられた、高品位なポップス・アルバムとなっています。

ただ、当時の本当の空気感は分かりませんが、ここまでの彼のキャリアはどこか「キッズだから」という、カギカッコ付きの人気だったように思います。別に実力がないということではなくて、子供であるということがプラス加点になっていたと思うワケです。
まぁそれってごく自然で当たり前の話なんですが、このような期間限定のプラス加点を手に入れたアーティストは、出オチみたいにその後は右肩下がりのキャリアを過ごす、いわゆる「一発屋」的な存在となってしまう人が多いものです。しかし、ブロウニング君は前作から数年開けてリリースした3rdアルバムにおいて、その才を満開に花咲かせるのです。

髪も伸びて見た目も少し大人になった彼は、短期間でアーティストとしても飛躍的な成長を遂げ、1974年に自身の名を冠した3rdアルバム『Browning Bryant』をリリースします。
本作には今までなかった自作曲を3曲収録しており、彼のアーティストとしての自意識の高まりも見てとれます。しかし、本作を不朽の名作にまで押し上げたのは、ある人物との出会いによるものが大きかったと言って良いでしょう。

その人物こそが、ニューオーリンズの必殺仕事人、アラン・トゥーサンです。彼は本作におけるソングライティング、アレンジ、プロデュース等、ブロウニング君の全面バックアップを請け負っています。そして、トゥーサンが引き連れてきたのが、彼の秘蔵っ子にして、ニューオーリンズ・ファンクの申し子、The Metersの面々でした。

あどけなさは全て抜け落ち、15才にして男の枯れた色気がほとばしるブロウニング君の絶品ヴォーカル、凄腕集団The Metersによる極上のバッキング、そしてトゥーサンによる完璧な仕事が結集。中でもシングル・カットもされた「Liverpool Fool」は、その最大の成果となる大名曲として、今もなおグッド・ミュージック・ファンたちを魅了し続けているのです。

彼の作品を未聴の方は、まずこの1曲だけでもご賞味ください!

 

■ J.K. & Co.『Suddenly One Summer』

発売国:US
レーベル:White Whale
規格番号:WWS7117
発売年:1968
レアリティー:★★☆☆☆☆(2/6)

やっぱりというか、いくら才能が溢れるキッズ・アーティストとて、決して自分1人で成功を収められるワケではありません。それは生まれ育ってきた環境が大きく影響してくるものですが、やはり一番大きいのは両親の影響でしょう。
​​​​​​​シンプルに言い換えてしまえば、二世アーティストが多いということなんですが、両親の音楽的才能を受け継いだ子供が、その芽を出すことのできる豊かな環境と相まって、若くして世に出てくることを可能とするのです。

ではここからは、15才の神童ジェイ・ケイ、そして彼が率いたスタジオ・ミュージシャン集団、J.K. & Co.が残した唯一のアルバムをご紹介させていただきましょう。

世界有数のショービズの中心地、ラスベガスで育ったジェイ・ケイは、母メアリー・ケイの背中を見て育ちます。メアリーはMary Kay Trioでの活動を皮切りに、1940〜60年代頃に人気を集めたギタリストでした。
一般的には知る人ぞ知る、といった彼女の名前ですが、ギタリストにとっては今もなお特別な存在かもしれません。というのも、彼女自身も音楽一家の育ちだったということもあり、若くして様々なコネクションを持っていましたが、かのフェンダー社との関わりが彼女の名前を一躍有名にしたのです。

​​​​​​​フェンダー社を代表するギター、ストラトキャスターは1954年に誕生しました。そして、新製品となるストラトキャスターの広告に採用されたのが、当時のフェンダー社の社長と旧知の仲だったメアリーでした。その広告で彼女の肩に掛けられたホワイト・バースト仕立てのギターは、今では「メアリー・ケイ・ストラトキャスター」と呼ばれ、フェンダー社の歴史を彩るアイコニックなモデルとして、永く語り継がれているのです。

そんなメアリーの子として育ったジェイ・ケイは、12才になった頃にはバンド活動を始め、早熟の天才としてその才能を発揮し、わずか3年後となる15才でアルバム『Suddenly One Summer』を制作しています。
本作はいわゆるヒッピー・スタイルのアメリカン・サイケの本道とは趣を異とし、英国発の「サージェント・ペパーズ・シンドローム」に大きな影響を受けた、構築的なサイケ・ポップ・サウンドによって組み上げられています。

ジェイ君による恍惚とした音像を持つヴォーカルと、彼のキャッチーなソングライティングをベースに据えながら、ファズ・ギター、コラージュ、逆回転シンフォニー等のサイケデリックなスタジオ・ギミックを大胆に敷き詰めた本作は、数多生み落とされた「サージェント・ペパーズ・シンドローム」影響下の作品の中でも、頭一つ抜けた好例と言って良いでしょう。わずか15才でこの境地に辿り着いた、彼の天賦の才は驚嘆に値するものです。

ただ、彼はなにを血迷ったのか、オープニング・トラックであるたった30秒ちょいのサイケデリック・インスト・ナンバー「Break Of Dawn」をシングル・カットするという、謎の暴挙に打って出ます。
たしかに当時一般向けには販売されず、あくまでプロモーション用にのみ制作されたシングルではありましたが、もっとシングル向けのキャッチーな曲があるにも関わらず、歌がないどころか、めちゃくちゃ短いインスト・ナンバーをカットする……その意図はなんでしょうか?
しかも(プロモ・シングルのあるあるではあるものの)、ダメ押しとでも言わんばかりにAB面同曲収録という、かなりの強情っぷりを見せるワケです。まぁ天才のやることはよく分かりませんね!

 

■ Mark Radice『Mark Radice』

発売国:UK
レーベル:Paramount Records​​​​​​​
規格番号:PAS6033​​​​​​​
発売年:1972
レアリティー:★☆☆☆☆☆(1/6)

なんだかんだいって、多かれ少なかれ大人にやらされてる感が漂う、そんなキッズ・アーティストたちも少なくありません。しかし、全曲の作詞作曲を手掛け、サウンドを完全に自身のコントロール下に置く、そんな借り物感のない「本物」のアーティストも存在するものです。

​​​​​​​今回紹介した3人の神童たちは、いずれも紛うことなき「本物」ではありますが、その中でも最も剥き身の才能を感じさせるのは、アメリカの若きシンガーソングライター、マーク・ラディス君でしょう。

やはり彼も育った環境は例に漏れず特別で、父であるジーン・ラディスは、かのThe Velvet Undergroundのデビュー作も手掛けた、著名なレコーディング・エンジニアでした。
早熟にも程がある彼は、7才になった頃には作曲を始め、同年にはRCAからシングルをリリースし、メジャー・デビューを果たします。その後、Deccaにも複数のシングルを残し、15才を迎えた1972年には、Paramount Recordsから1stアルバム『Mark Radice』をリリースしています。

彼は本作においてもすべての作詞作曲を手掛けていますが、のちに5000を超える楽曲を世に放つ、彼の天性のメロディー・メイカーとしての才が遺憾なく発揮されています。
鳴り止まない大サビとでも表現すれば良いでしょうか? これでもかと言わんばかりの、次から次へと溢れ出すフックが効きすぎたメロディーの数々に、思わず涙が込み上げてくるのは私だけではないはずです。さらに、どう考えても15才とは思えない、ありとあらゆる苦難を乗り越えてきたかのような、彼の哀感を帯びた渋声が涙腺を追い討ちします。

もちろんエンジニアは、父ジーンが担当。周りを固めるバッキング陣も完璧な仕事をこなし、まさに隙のない仕上がりとなった本作は、キッズものの枠を一足飛びに超えた、類まれなる傑作だと思います。ただ、残念なことに、世間での本作の評価はあくまで裏名盤的ポジション……。これを機に、少しでも聴いてくれる方が増えてくれると良いですね!

では次回ご来店をお待ちしております!

 

 

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Text:山中明(ディスクユニオン)
Edit:大浦実千