新進気鋭の作曲家・秩父英里 デビューアルバム『Crossing Reality』で魅せる唯一無二のラージアンサンブル

 

高い音楽性で、ジャズシーンの新星として注目される作曲家の秩父英里。コロナ禍にボストンから仙台に拠点を移し、待望のファーストアルバム『Crossing Reality』を完成させた。
東北大学で心理学を学んだのち、名門バークリー音楽大学を主席で卒業。若手作曲家の登竜門「ハーブアルパート・ヤングジャズ作曲家賞(2019、2020)」と「ISJAC/USF オーウェン賞(2020)」でトリプル受賞という日本人初の快挙を果たした才媛に、仙台でのデビューアルバム制作を経た現在の思いを聞いた。

ボストンから仙台へ。現実と空想のはざまで生まれた『Crossing Reality』

 

――コロナの影響で、ボストンから仙台に一時帰国…という状況でお話を伺った前回のインタビューから早2年半。名刺代わりのファーストアルバムを楽しみにしていました。この間、どのように過ごしていたのでしょうか?

秩父:ありがとうございます。本当にあっという間でした! 一時帰国のつもり…でしたが、この2年間は仙台で過ごしています。当時は「想定外の出来事」だと思っていましたが、それもまた日常になり、その日々の中で得た気持ちや経験、出会いを経て…ようやくアルバムという形にすることができました。
ありがたいことに、帰国以来なかなかライブができない中、テレビやCM、朗読劇など、これまで手がけたことのなかった分野の作曲やプロジェクトにお声がけ頂くことが増え、自分の制作にとってもすごく刺激になりました。

――『Crossing Reality』では、どんなことを目指しましたか?

秩父:
『Crossing Reality』では、自然や心理学や経験などからインスピレーションを受けて作った様々な編成のオリジナル曲が収録されています。作り込む部分と自由な部分を意識したり、プレイヤーの即興を含めアコースティックなサウンドをベースにしながらも、アンビエントやサウンドデザイン的な要素を取り入れることにも挑戦しました。そのアプローチには、バークリー時代からの友人でギタリストの苗代尚寛さんに相談していて、アルバムでもライブでもお願いしました。また「どの曲を入れようかなぁ」という想いを優先したので編成的にはバラエティに富んだものになりました。

――アルバムを制作するにあたって、印象的だったり影響を受けたライブや活動などはありますか?

秩父:
印象的だったライブといえば、2021年の12月に福岡県・糸島の美しい海岸沿いで行われた「福吉ジャズ」というイベントですね。波の音が聴こえる中、ラージアンサンブルの公演をしました。そのイベントが今回のアルバムやコットンクラブでのライブにも繋がっていたり…と、忙しくも充実した2年半でした。
また、2020年7月には、ジャズアンサンブルの演奏とフィールドレコーディングをもとに組曲を作る機会がありました。仙台の自然や街、お祭りなど様々なシーンで音を録りながら、改めて良いところだなぁと思ったのと同時に、自分にとって“住む場所からのインスピレーション”は大きいということにも気が付きました。ずっと、フィールドレコーディングとアンビエントへのアプローチをしたいと思っていたので、それが叶ったのも嬉しいことでした。

 

秩父英里1stアルバム『Crossing Reality』

 

――リード曲とアルバムタイトルである『Crossing Reality』には、どのような意味が込められているのでしょう? 

秩父:
この曲は、夜中というかもう朝方になるかな? という時間帯のまどろみの中、作りました。現実と空想、事実と夢、緊張と緩和など対照的に思えるものも、頭の中でぐるぐるになって、ひとりひとりの心の中でひとつのリアリティになる…というイメージです。どうも私は、夢と現実が交差するとかそういう境界線の曖昧な部分が好きみたいで(笑)。

アルバム5曲目の「The Preconscious」も、フロイトが提唱した人の意識の構造における意識と無意識の間にある「前意識(Preconscious)」という概念をテーマにしています。意識の構造はよく海に浮かぶ巨大な氷山に喩えられるのですが、前意識というのは海面スレスレあたり、海中に潜む広大な無意識が表層に現れるか、現れないか?といった境界の部分のことなんです。心理学への興味は今も強くあって、アルバム全体として、自然と心理学から受けたインスピレーションが大きなテーマになっています。っていうと、なんだか難しい話のようですが(笑)。アルバムを聴きながら、現実と空想の宇宙を行き来して、好きにイメージを膨らませて楽しんでもらえたらいいなと思います。

 

ラージアンサンブルのライブから生まれたアルバムのプレイヤー編成

 

ーーアルバムのリリース翌日という素晴らしいタイミングで行われた昨夜のコットンクラブでのライブも、セカンドステージは完売と大盛況でしたね! まさに“ラージ”なアンサンブルでした。

 

秩父英里インタビュー(1)

2022年9月8日(木)丸の内・コットンクラブで行われた「秩父英里ラージアンサンブル」。ドラムの石若駿をはじめ、10人の若手気鋭プレイヤーが集結。

http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/eri-chichibu/

 

秩父:学生の頃、夜行バスで聴きにきたこともあるコットンクラブで、初のリーダーライブができるなんて感激でした。たくさんの方にお越し頂いて、一緒に音楽を楽しむことができたのではないかなと、本当に嬉しかったです。アルバムリリース記念のライブでしたが、実はこのライブが決まったのが先で、そこからアルバムの発売日が9月7日に決まったようなもので…本当によくぞ間に合った〜!!というのが、正直な感想です(笑)。ボストンにいる頃からアルバムを制作したいという構想はしていましたが、作曲して、プレイヤーを集めて、パートごとにレコーディングして、パッケージを考えて撮影して、デザインして、ライナーノートを書いて、音楽の部分以外の事務作業もたくさんあって…大変でしたが、すごく満足のいくものができました。もちろん、レコーディングメンバーをはじめ、スタジオやレーベルのスタッフなどたくさんの方にサポートして頂き、無事に披露できてホッとしています。

 

秩父英里インタビュー(2)

 

――糸島でのイベントがアルバムや、今回のコットンクラブでのライブに繋がっているというのは?

秩父:
ライブに参加して頂いたトランペットの曽根麻央さんとは、バークリーの教授で、私が音楽の道に進むきっかけを与えてくださったタイガー大越先生を通じて、お話には聞いている間柄だったんです。糸島で初めてご一緒したのですが、麻央さんがその時の様子をSNSにあげていて、それを見たコットンクラブのブッキングの方から連絡をいただき、今回の公演が決まりました。そこからアルバム制作にもエンジンがかかったところがあります。

――前回のインタビューで「ドラムの石若駿さんとやりたい」とおっしゃっていたのが印象的だったので、1曲目のイントロのドラムに嬉しくなりました。

秩父:
リズム隊は絶対に、(石若)駿さんとベースのマーティ(・ホロベック)とやりたい!と決めていたので、本格的に制作をスタートしてから、すぐお二人に声をかけさせてもらい、リハーサル、レコーディングを始めました。その後ゲストプレイヤーの方々とはオンラインでやり取りをしながらニューヨークではサックスのレミー・ル・ブーフと、フリューゲルホルンのミレーナ・カサドにも音を録ってもらい、ミキシングやマスタリングして…。8月から9月にかけては、アルバムの事務作業と並行してライブ編成のために楽譜を書き直して〜と、今日まで怒涛でした。

 

秩父英里インタビュー(3)

左上から西口明宏 (ts,ss)、デイビッド・ネグレテ (as,fl)、曽根麻央 (tp)、菊田邦裕 (tp)、駒野逸美 (tb)、佐々木はるか (bs,cl)、苗代尚寛 (g)、加藤真亜沙 (p)、秩父英里 (composer,director,p)、マーティ・ホロベック (b)、石若駿 (ds)

 

――アルバムとまったく同じ編成というのは一曲もなかったのでは?と驚きましたが。

秩父:
そう…ですかね。自分でも、なんというかコスパの悪い(?!)ことをしてるな〜と思いながら書き直していました(笑)。でも、そこはあまり考えていないというか、それぞれのプレイヤーの魅力を引き出せるようにする楽しさは、それに勝ります。

 

秩父英里インタビュー(4)

写真提供/COTTON CLUB・撮影/Yuka Yamaji

 

――それだけの仕事量を、マイペースにこなせることに驚きます。ライブでは、鍵盤奏者としてもですが、コンダクターとしての秩父さんも初めて生で見ることができて新鮮でした。

秩父:
ありがとうございます。準備は自分のペースでなんとかやっています(笑)。指揮に関しては、以前、小曽根真さん率いるNo Name Horsesのチックコリアトリビュートコンサートのために1曲アレンジと指揮をさせていただいた際に学んだことをはじめ、バンドとのコミュニケーションや手の動き、呼吸、テンポ感を意識しつつ、音楽の流れや空気を整理しつつ…。ライブで指揮をしているときは、一番近くでバンドの音を感じることができるのが楽しいなぁと思います。

 

秩父英里インタビュー(5)

 

――作曲はもちろんですが、プレイヤーのセレクトや制作費に関しても、すべてご自身で手がけたのでしょうか?

秩父:
そうですね。プレイヤーにお願いしたり、レコーディングをはじめ、その後の作業にも立ち会って関わっています。制作費は、昨年アメリカの「Pathways to Jazz」という助成金を受けることができたので、その助成金を制作費にすることができました。この助成金への申請は、残念ながら今年の3月に亡くなってしまったコルネット奏者で、私のメンターでもあったロン・マイルズが薦めてくれたものの一つでした。この「Pathways to Jazz」に選んでいただけたことでアルバム制作に希望が見えたので、本当に感謝しています。ロン・マイルズとは、2019年にISJACというジャズ編・作曲者のシンポジウムで、セッションのゲストアーティストとして出会いました。私の作品を「パーソナルで特別」と気に入ってくださり、その後もメールを通じて多くの励ましや情報などをいただきました。助成金が決まったときにもお祝いの言葉と共に「僕が一番にCDをゲットするよ!」と言ってくださっていたので、本当に完成したアルバムを聴いてもらいたかったですね…。

 

秩父英里インタビュー(6)

 

――前回も仙台からボストンへと秩父さんが辿った経歴は、航海のようだと思いましたが、ライブで「The Sea-Seven Years Voyage-」を聴きながら、その思いが強まりました。ボストンから仙台、糸島を経て丸の内まで、次々と乗組員を増やしながら、航海の新章がはじまったのではないでしょうか。

秩父:
アルバムの中には「Blackberry Winter」などボストンで作った曲もありますが「Kaeru 2022」のように、原曲は日本で作ったものもあります。このアルバムは日本にいる、今、に生まれた作品なのは間違いないので、寄港地を増やしながら航海は続いていますね。もう少し情勢が落ち着いたら海外と行き来したいですし『Crossing Reality』を聴いて、何か新しいワクワクすることをイメージしてもらえたら嬉しいです。

――最後に、前回はハマっているものとして、お笑いなどの話を伺いましたが、ズバリ最近ハマっているものは?

秩父:
その質問、来ると思っていました! ズバリ、(着ているTシャツのロゴを指差しながら)「トムとジェリー」です。子供の頃から音楽を含めて大好きでしたが、最近改めて素晴らしい作品だなぁと夢中になっています。いつ観ても楽しい作品で、世界観も唯一無二で、私もそんな音楽を作りたいですね。

 


 

【プロフィール】


秩父英里インタビュー(1)
 

秩父英里​​​​​​​

作曲家・鍵盤奏者
 

宮城県仙台市出身。作曲家・鍵盤奏者。東北大学卒業後、紆余曲折を経てバークリー音楽大学へ入学。ジャズ作曲と映像音楽、ゲーム音楽を専攻し首席で卒業。2019ASCAP Foundation Herb Alpert Young Jazz ComposerAward、2020 ISJAC/USF Owen Prize を受賞。2020 年7月には、仙台を小旅行するというコンセプトでジャズアンサンブルと環境音を掛け合わせた全4楽章からなる組曲「Sound Map ←2020→ Sendai」を発表。ノネット編成をはじめ弦楽器やマリンバを取り入れたアンサンブル、小編成のバンドなど自己プロジェクトによる表現を行うほか、『小曽根真feat. No Name Horses』などビッグバンドでのジャズアンサンブル、NEXCO 東日本、日本郵政、サンベンディング東北などのTVCM やweb ムービー、朗読劇『バイオーム』やAppゲーム『EGGRYPTO』、また、NHK『あの日、何をしていましたか?』、日本テレビ『全日本大学女子駅伝』、khb『ぐりりのうた』などTV・ラジオ各局への楽曲・アレンジ提供や出演も行っている。このほか、アートや心理学など他領域とのコラボ、ナレーション録音など多様な活動を行っている。

https://www.erichichibu.com/

https://linktr.ee/erichichibu

 


 

【リリース情報


秩父英里インタビュー(8)
 

Debut Album
『Crossing Reality』

2022年9月7日 Release
RBW-0024 3,000円(税込)
発売元:ReBorn Wood INC https://label.rebornwood.com/releases/
販売元:株式会社ウルトラ・ヴァイヴ http://www.ultra-vybe.co.jp/post/RBW-0024.html

 


 

Text:仲田舞衣
Photo:Great The Kabukicho

 

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