【秘密レコード〜 レコ屋がこっそり教える、ヒミツのレコメンド】第5回「かつて幻だった作品たちへ……特撰未発表アルバム(英国アングラ編)」


ディスクユニオン新宿ロックレコードストア店長の山中明氏​​による、新たな連載コラムがスタート! レコード・バイヤーとして、そして1レコード愛好家として有名無名を問わず数知れない盤に触れてきた著者が、独自の視点でセレクトした推薦盤をその時々のテーマに沿って紹介していく連載です。

第5回は 「かつて幻だった作品たちへ……特撰未発表アルバム(英国アングラ編)」。さまざまな事情があって、制作当時は世に出されなかった作品というものが存在します。とはいえ、決して内容が良くなかったわけでもない…どころか、愛好家の琴線には触れまくる。そんな「幻の名作」たちの中から、今回はブリティッシュ・ロックにフォーカスしてご紹介!

なお、以下に記載のレアリティーはあくまでもオリジナル盤の希少度になります。多くはCDやアナログ盤で再発されていたり、音楽配信されていたりもしますので、もし気になったものがありましたら、まずはインターネット上でディグするところから始めてみてはいかがでしょうか? そこには、底知れぬ深淵が待ち構えているかもしれませんが…。

秘密レコード_01


いらっしゃいませ! Himitsu Recordsへようこそ!

世の情勢、レーベルとのいざこざ、発表するに値しない作品のクオリティー……世の中いろいろと大人の事情ってあるもので、作ってはみたもののふたを開ければお蔵入り、そんな作品って数多く存在するものです。

ことロック・シーンを見渡してみると、そんな未発表作品の中でもとりわけその名を馳せるのが、The Beach Boysの1967年作『Smile』です。今ではさまざまな形でリリースされており、もはや気軽に触れられる「幻の名作」ともいえる同作ですが、それもひとえにアーティスト本人や関係者、そしてファンたちの尽力のおかげでしょう。
そのように、ロック黄金期から50年以上の時を経た今となっては、伝説や噂に過ぎなかった多くの未発表作品たちが、続々と陽の目を浴びる機会を得ているのです。いやー良い時代になったものですね!

ということで、今回はかつて未発表作品だったものの中から、(個人的な趣味嗜好で)ブリティッシュ・ロックだけをセレクトしてご紹介しようと思います。The Beatlesやジミヘンみたいな大御所は他でも散々紹介されていると思いますので、ここではあくまで通好みなラインナップ、かつレコードで存在するものを選ばせてもらいました。

これらはかつて幻の作品だったという事実に思いを馳せながら、噛みしめるようにお楽しみいただければ幸いです。ぜひ!
 

※レアリティーとは

オリジナル盤の希少度を星印で表現しています。最大は6星。

★☆☆☆☆☆ 定番:買いやすくて好内容

★★☆☆☆☆ 王道:一家に一枚

★★★☆☆☆ 希少:試されるのはレコードへの情熱

★★★★☆☆ 財宝:これであなたもお金持ち!

★★★★★☆ 遺産:金銭よりも入手機会獲得の難度

★★★★★★ 神器:世界が一丸となって守り抜くべき聖杯

 

Kaleidoscope『White Faced Lady』

発売国:UK 
レーベル:The Kaleidoscope Record Company
規格番号:KRC001
発売年:1990
レアリティー:★★☆☆☆☆(2/6)

Kaleidoscope〜Fairfield Parlourと名を変えながら活動した、ブリティッシュ・サイケ・シーンきっての人気者。彼らは通算3枚のアルバムを残した後、1971年に本作をレコーディングしていますが、突如レーベルから契約解消の憂き目に遭い、お蔵入りとしたままそのキャリアも終焉を迎えています。

しかし、その20年後の1990年には自主レーベルを設立。そして、彼ら自身の手によって、本作をリリースにこぎ着けています。本作はマリリン・モンローの生涯にインスパイアされ、少女の悲劇的な一生をLP2枚に渡って描いたコンセプト・アルバムとなっており、彼らのキャリアを総括したかのような、さまざまな要素が散りばめられたサウンドは、当時発表されていたのであれば、マジカルなフォーク・ロック名作としてロック史に深く刻み込まれていたことでしょう。

ちなみにですが、リリースされた1990年という年は、CDがモリモリ伸び盛りの全盛期。レコードは旧態依然としたオールド・メディアとして生産数を減らし、衰退の一途をたどっていたのです。そのため、本作もプレス枚数は多くなく、今ではなかなかに入手が困難な1枚となっています。頑張って探しましょう!

 

■ Chimera『Chimera』

発売国:UK
レーベル:Tenth Planet
規格番号:TP054
発売年:2002
レアリティー:★☆☆☆☆☆(1/6)

かのThe Beatles率いるApple Recordsと契約寸前までいったものの、ジョージ・ハリスンの反対により締結に至らずに終わった、悲運のフィメール・サイケ・フォーク・デュオ。その後、彼女らはPink Floydのニック・メイスンに「再発見」され、ニックが自薦によりマネージャーに就任。ブリティッシュ・アンダーグラウンドの魔窟的レーベル、Morgan Blue Townと契約を交わし、1967年から1970年にかけてレコーディングを行っています。

プロデュースもニックが手掛けており、美しくも気高いフィメール・ヴォーカル、漂うアシッド臭と極彩色に塗られたバッキング、そして繊細なアレンジとプロデュースが織りなす名作を作り上げますが、ついぞ音源はリリースされることなく、そのバンド活動も終えています。

その音源が初めて陽の目を見たのは2002年のことでしたが、2017年には追加で音源を発掘、タイトルとアートワークを変更した決定版として『Holy Grail』がリリースされています。なお、2002年版も2017年版も、いずれもCDのほうがずいぶんと曲数が多いので悪しからず。

 

■ Five Day Rain『Five Day Rain』

発売国:UK
レーベル:none
規格番号:none
発売年:1970
レアリティー:★★★★★★(6/6)

ブリティッシュ・サイケ・シーンの天上界に君臨するトップ・レアリティー、Five Day Rainを巡り繰り広げられたのは、少しややこしくて不条理な物語。

彼らの物語は、Iron Prophetという3人組のアマチュア・バンドで幕を開けます。Genesisやアーサー・ブラウンのオープニング・アクトを務めるなど、着実にキャリアを積み上げていった彼らは、すでにフリークビート・バンドとして名を馳せていた、Les Fleur De Lysのメンバーを加え、1970年にFive Day Rainとして生まれ変わっています。

とある日、そんな彼らは運命であったかのように2人の男と出会います。ブライアン・キャロルとデイモン・ライオン・ショーと名乗るその2人は、The Rolling Stones、The Who、Cream、Small Faces……数多の名作群を世に送り出した名門スタジオ、IBC Studiosでその腕を振るった、伝説的な職人エンジニアだったのです。
彼らより誰も使っていない時間帯のスタジオの使用許可を与えられたバンドは、(大量のアルコールとその他の何かを大量に摂取しながら)意気揚々とレコーディングに励み、1枚のアルバムを作り上げます。

そのアルバムはついぞリリースされることこそありませんでしたが、わずかばかりのテスト・プレスとして、この世に残されることとなりました。そして、そのレコードこそが、ブリティッシュ・サイケの聖杯として、後世のレコード・コレクターの間で崇め奉られている1枚なのです。
今や市場に出れば100万円クラスとも噂される本作ですが、何が恐ろしいって、ヴァージョン違いで2種類存在しているのです……。まぁこれほどのレアリティーであれば、迷いようもないのでコレクター泣かせではないのかもしれませんが。
果たして、この2種を共に保有している人は、この地上に存在するのでしょうか……。きっといるんでしょうね!

その後、同年中には解散してしまった彼らは、一部メンバーを変更し、今度はStudd Pumpとまたバンド名を改めています。そして、1971年にリリースされたシングル「Spare The Children / Floating」(Penny Farthing / PEN757)にて、ようやくデビューを果たすのです。しかし、すでにサイケデリックの残り香はなく、中庸なロック・マナーに貫かれた楽曲はヒットするには程遠く、その活動をそっと閉じることとなるのです。

ただ、彼らの物語はここで終わりません。
少し時を置いた1978年、One Way Ticketというバンドが『Time Is Right』(President Records / PTLS1069)というアルバムをリリースします。しかしこのバンド、実のところ実体なんて一切ない、2人のスタジオ・エンジニアによる寄せ集め作品集だったのです。そう、その2人とはあのブライアン・キャロルとデイモン・ライオン・ショーです。
彼らはアルバムに自身の録音も収めましたが、そこに加えられたのがあの時のFive Day Rainの音源でした。新たにミックスを施し都合3曲分を収録、期せずしてFive Day Rainはデビューを果たしたともいえるのですが、これまた実は、当の本人たちには全くの無断使用。長きに渡り禍根を残すこととなったのでした……。

なお、今ではこれらすべての音源は、CDやLPで気軽にお楽しみいただけるようになっています。「いや、俺はオリジナルを探して聴くんだ!」っていう気合いの入った方もいるかもしれません。まぁ不可能とは言いませんが、コネクションと大金と運、そのすべてを満たしきっても難しいレベルではありますけどね……その心意気やよし!

 

■ Honeybus『Recital』

発売国:UK
レーベル:Warner Bros. Records​​​​​​​
規格番号:K46248​​​​​​​​​​​​​​
発売年:1972
レアリティー:★★★★★★(6/6)

ピート・デロとコリン・ヘア。英国ロック史にその名を刻む2人の鬼才シンガー・ソングライターを擁したバンド、Honeybusの未発表2ndアルバム。
彼らのサウンドの特徴は、シングル・ヒット曲「I Can't Let Maggie Go」を聴けば分かっていただけるかと思いますが、イギリスの石畳や古びたレンガ造りの家屋、広がる田園風景を条件反射的に想起させる、英国の牧歌性だけをろ過して抽出したかのような、全ブリティッシュ・ファン垂涎の甘枯れサウンドとなっています。

本作もその魅力が詰まりに詰まった名作となっていますが、1973年にリリースを予定しながらも、なぜかお蔵入りとなってしまっています。その際わずかに作られたテスト・プレスは、ごく一部のハード・コレクターのとっておきとして、ひそやかに楽しまれ、そして人知れず超高額での取引が交わされていました。

その時が訪れたのは突然でした。2018年に完全な形でのオフィシャル・リイシューがアナウンスされたのです。シングルや未発表音源CDという形でその断片を聴くことはできていたものの、都市伝説のようなものだった2ndアルバムを体験できる日がやってくる……そう、ついにファンの夢が叶おうとしていたのです。

狂喜乱舞したファンにより入荷当日には即完したということもあって、今ではそんなリイシューすらも入手が難しくなってきています。そして、階段を一足飛びに登るように、プライス・アップし続けているというのが現状です。
当時、かくいう私も当然欲しくてたまりませんでしたが、(レコ屋のプライドとして)お客様へお届けすることを優先した結果、手に入らずに終わってしまいました……。正直なところ後悔でいっぱいですが、レコは天下の回りもの、そのうち訪れるであろうチャンスを心待ちにしているのです……。皆さんも見つけたら即買いがオススメです!

では次回ご来店をお待ちしております!

 

 

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Text:山中明(ディスクユニオン)
Edit:大浦実千