第二十三回 ギリシアの神々と音楽【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】

2023年を迎え、皆さまどのような新年を過ごされたでしょうか?

音楽がお好きな方は、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを楽しまれたかもしれませんね。

僕は住まいが箱根駅伝のルートからほど近いこともあり、沿道で観戦するのが新年の恒例となっています。疾走する選手たちの生命力あふれるパワーに春の息吹きを感じるひと時です。数年前からは厚底シューズが登場し、選手のカラフルな足元にも注目が集まっていますが、この厚底を開発したメーカーであるナイキの名前は、古代ギリシアの勝利の女神ニケに由来しています。2021年には95%もの選手が履いたナイキ、今年のシェアは60%ほどに下がって、アディダスやアシックスが追い上げているようです。

ナイキはアメリカの会社というイメージが強いと思いますが、その歴史は日本との関係抜きでは語れません。その前身は1964年にオニツカタイガー(現アシックス)の輸入代理店として創業したBRS(ブルーリボンスポーツ)社でした。その後、オニツカと決別し、1971年ブランドのロゴSwooshと共にナイキは誕生し、日商岩井のバックアップを受け成長していったのです。※ 

そんな歴史を知っていると、今後、ナイキとアシックスのシューズ対決がどうなっていくのか興味が湧いてきますね。

さて、この勝利の女神ニケは翼を生やした乙女の像として描かれることが多く、最も有名なのはルーヴル美術館蔵の「サモトラケのニケ」像でしょう。1863年、エーゲ海北東部のサモトラケ島で発見された像は紀元前190年頃の制作といわれています。頭部・右側の翼は失われていますが、まるで天を駆け抜けるかのような造形、翼の模様、衣装のひだの躍動感が見事な傑作です。

お正月は初詣にいらした方も多いかと思いますが、日本にも八百万の神がいるように、古代ギリシアにも多くの神々がいました。その中から、今回は音楽やお酒に関係する神々とそれらの神々に由来する曲をご紹介したいと思います。

まずは酒の神として知られるディオニュソスから。ギリシアの最高神ゼウスとセメレとの間の子。カンタロスと呼ばれる盃を持ち、テュルソスという葡萄の蔓が巻きついた杖、葡萄の房などが象徴的に描かれ、豊饒の神、演劇の神という側面もあります。ディオニュソスには狂信するマイナスと呼ばれる女性信徒や、サテュロスという好色な半人半獣の精霊、牧羊神パンなどが付き従っていました。ディオニュソスの祭りでは、みんな酒に酔って興奮して大騒ぎをしました。

こんな様子を描いた作品がフローラン・シュミット(1870-1958)の《ディオニソスの祭り》(1913年)です。吹奏楽の古典的作品として知られ、吹奏楽コンクールでも取り上げられることが多い曲です。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(1)

 

ディオニュソスはローマ時代にはバッカスと名を変え、これにまつわる曲はサン=サーンス(1835-1921)のオペラ《サムソンとデリラ》(1874年)第3幕第2場の音楽「バッカナール」、マックス・レーガー(1873-1916)が作曲した《ベックリンによる4つの音詩》(1913年)第4曲「バッカナール」などがあります。前者は吹奏楽編曲がコンクールでも取り上げられる人気曲となっています。

半獣神パンは笛に象徴されますが、この神にまつわる曲を代表するのはクロード・ドビュッシー(1862-1918)の《牧神の午後への前奏曲》(1894年)でしょう。パンの笛を表すフルートのソロから始まる同曲は、牧神がまどろみながら官能的な夢想をする様子を、独自の和声感やたゆたうようなリズムなどを用いて描いた印象主義の記念碑とも呼べる作品です。

また、パン神はモーリス・ラヴェル(1875-1937)の《ダフニスとクロエ》(1912年)にも登場します。海賊に攫われたクロエを救出するためにパン神は大きな幻影となって現れ海賊を脅かし退散させ、クロエはダフニスの元へと無事帰ることが出来たのでした。第3場ではダフニスとクロエがパン神に感謝を捧げるパントマイムが演じられます。

音楽の神といえば、その名もずばりmusicの語源にもなったムーサを忘れてはなりません。9柱の神の総称で、諸説ありますが、叙事詩を司るカリオペー、歴史を司るクレイオー、抒情詩を司るエウテルペー、喜劇・牧歌を司るタレイア、悲劇・挽歌を司るメルポメネー、合唱・舞踊を司るテルプシコラー、独唱歌を司るエラトー、讃歌・物語を司るポリュムニアー、天文を司るウーラニアーの9姉妹とされています。ムーサはパルナッソス山に住まい、芸術の神アポローンに仕えています。

これらの神々を描いた作品としてイーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971)の《ミューズを率いるアポロ》(1928)があります。ストラヴィンスキーの新古典主義時代の代表作とされるバレエ音楽で、アポロの他、カリオペー、ポリュムニアー、テルプシコラーの3女神が登場し、軽やかで優美な旋律が弦楽合奏で奏でられます。

 

 

~今月の一本~

 

リアティコ・アンフォラ

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(2)

ギリシアのクレタ島の土着品種、リアティコ種のブドウを古代ギリシアのワイン製法で用いられたアンフォラと呼ばれる甕で醸造した赤ワイン

 

ギリシアのワインというと今日あまり馴染みがないかもしれませんが、近東発祥とされるワインは、古代ギリシア世界を通してヨーロッパへと広まっていきました。現在、イタリアで栽培されているアリアニコ種やグレコ種はギリシア起源と言われています。ギリシア神話では、ディオニュソスがアテーナイ近くのイーカリアー村の農夫イーカリオスに葡萄の栽培法とワイン醸造法を授けたエピソードが記されています。

古代ギリシア人の生活にワインは欠かせないものでした。祭りにおいて神々に捧げられ、詩にも多く登場します。古代ギリシアを代表する盲目の詩人ホメーロスは、『イリアス』や『オデュッセイア』の中で「葡萄酒色の海」という表現をしばしば使っており、最近吹奏楽コンクールで人気に火が付いたジョン・マッキー(1973-)の《ワインダーク・シー》(2014)を聴きながら飲むのも一興かもしれません。

 

 

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Text&Photo(ワイン):野津如弘

 

参考文献 

・「【日商岩井】ナイキ誕生」 

双日歴史館 

https://www.sojitz.com/history/jp/era/post-30.php