【秘密レコード〜 レコ屋がこっそり教える、ヒミツのレコメンド】第7回「ベッドルームより愛を込めて……宅録レコード名盤撰」


ディスクユニオン新宿ロックレコードストア店長の山中明氏​​による連載コラム! レコード・バイヤーとして、そして1レコード愛好家として有名無名を問わず数知れない盤に触れてきた著者が、独自の視点でセレクトした推薦盤をその時々のテーマに沿って紹介していく連載です。

第7回は「ベッドルームより愛を込めて……宅録レコード名盤撰」近年では身近になった「宅録」(自宅録音)ですが、かつてはごく限られた人たちだけが成し得るものでした。技術や環境面などさまざまな困難を乗り越えて生み出され、レコード盤に刻まれた音の数々。その中でも時代を超えて心を揺さぶる、自主制作盤の名作を今回はご紹介します。

なお、以下に記載のレアリティーはあくまでもオリジナル盤の希少度になります。多くはCDやアナログ盤で再発されていたり、音楽配信されていたりもしますので、もし気になったものがありましたら、まずはインターネット上でディグするところから始めてみてはいかがでしょうか? そこには、底知れぬ深淵が待ち構えているかもしれませんが…。

秘密レコード_01


いらっしゃいませ! Himitsu Recordsへようこそ!

今や至極当たり前なこととなった「宅録」こと自宅録音。機材の進化、特にPCを利用した録音方法「DTM(=Desktop Music)」の誕生により、世界津々浦々の見知らぬベッドルームで、高品質な音楽が絶え間なく産声を上げ続けています。
そして、それらはインターネットを通じて毎時毎秒拡散され、誰しもがちょっとだけ手を伸ばせばつかみたい放題。1人の人間が一生かけても聴ききれるはずもないほどの巨億の数の音楽が、この世に満ち溢れているのです。

もちろん、これって音楽好きとしては喜ばしいことなんだと思います。ただ、ある種の方法論が確立されたのか、そうして生まれてきた音楽の多くは、良くも悪くもきれいに整えられた「ウェルメイド」な仕上がりになっている気がします。

さかのぼること1970〜80年代。当時は自分の作った音楽をイージーに世に問うなんてできるはずもなく、ましてや宅録したものをレコードにするなんて、ビッグ・アーティストの特権っていうヤツで、一般人には程遠いものでした。
そのため、今現在に至るまで自主制作盤として残された宅録レコードたちは、なんかしらの背景があって作られたものが多いものです。中には、ただの金持ちの道楽(とはいえ名作も迷作もあり)なんていうこともありますが、やはり私たちが心惹かれてやまないのは、すべてを投げ打って音楽に全集中した、音楽の殉教者(or 狂信者)とでもいうべきアーティストたちによる作品です。

音楽への偏愛が過ぎて、自分こそが真のロック・スターと妄信し、自宅のベッドルームで腕をグルグルと回しながら、独りギターをかき鳴らす日々。一般社会からもドロップアウトしてしまった彼らは、なんら根拠のない自信と、爆発寸前のアイデアだけを武器に、大枚を叩いてレコード作りに挑み始めるのです。
そうしてできた曲は、テンポは千鳥足、サウンドはレッドゾーンを超えて歪み倒し、プロフェッショナルな商業ベースに乗るはずもないほどに破綻したものばかり。しかし、レーベルやプロデューサー、ファン、そして世の常識まで、全てが一切介在しない宅録だからこそ、個性際立つオンリーワンな作品が生まれ落ちたのです。

もちろん、その中でも時代を超えて評価される作品はごく一部ですが、今とは比べられないほどの自由と覚悟を持って作られたレコードたちだからこそ、私たちは強烈に惹きつけられるのです。

ということで、今回はとある個人宅で密やかに作られた、自主盤の名作たちをご紹介します。

 

※レアリティーとは

オリジナル盤の希少度を星印で表現しています。最大は6星。

★☆☆☆☆☆ 定番:買いやすくて好内容

★★☆☆☆☆ 王道:一家に一枚

★★★☆☆☆ 希少:試されるのはレコードへの情熱

★★★★☆☆ 財宝:これであなたもお金持ち!

★★★★★☆ 遺産:金銭よりも入手機会獲得の難度

★★★★★★ 神器:世界が一丸となって守り抜くべき聖杯

 

R. Stevie Moore『Phonography』

発売国:US
レーベル:Vital Records
規格番号:VS-0001
発売年:1976
レアリティー:★★★★★☆(5/6)

まずご紹介するのは、宅録界最大のビッグネーム、R.スティーヴィー・ムーアです。彼には『ゴッドファーザー・オブ・ホーム・レコーディング』という異名が付いていますが、それもそのはず、ほぼ全てを自作自演で400枚以上(現在も絶賛増殖中)のアルバムを制作するというまさに規格外の偉業を成し得た、まごうことなき宅録界のドンです。

1960年代からカセットで手売り同然の通信販売を始めた彼は、Atcoの社長だった叔父兼パトロンの力も借りて、1970年代末以降に膨大な量の作品をリリースし始めました。さらに、近年はWebサイト、YouTube、Myspace等のデジタル・メディアをも駆使し、ありとあらゆることを1人でヤっつけるそのさまは、自主制作アーティストのかがみ的存在ともいえましょう。

本作はそんな彼のレコード・デビュー作で、彼の膨大なカタログの中でもベスト・オブ・ベストといえる、持てる才を余すことなく詰め込んだ代表作です。底抜けにキャッチーなメロディー・ラインと、ストレンジでエクスペリメンタルな実験精神、そしてロックかつパンクな精神性がせめぎ合う、宅録界が生んだ最高傑作の1つです。

なお、オリジナルは100枚のみプレスされていますが、本人が1枚所有しているとのこと(本人弁)なので、この世に散らばった枚数はたったの99。言わずもがな、かなりのプライスで取引されていますが、そもそも市場に姿を現しません。
ただ、数年後にはアートワークを変更した再プレス盤も存在しており、そちらは比較的入手しやすいかもしれません。また、2010年にはめでたくオリジナル・アートワークでのリイシューも果たしていますので、そちらもチェックしてみましょう。

 

■ Bill Holt『Dreamies』

発売国:US
レーベル:Stone Theatre
規格番号:DM68481
発売年:1973
レアリティー:★★★☆☆☆(3/6)

次にご紹介するのは、ある意味非常に危うい1枚です。

グレーのフランネル・スーツを着込み、颯爽とオフィス街を闊歩するエリート・サラリーマン、ビル・ホルト。窓の外には百花繚乱のヒッピー・カルチャー、周囲で沸き起こる反戦運動、テレビから流れるニクソン大統領のサイレント・マジョリティー発言。全てを横目にまっすぐ帰宅し、夜な夜な独りビートルズを聴き漁る毎日……。

何もかもに嫌気が差した彼は、Ovationのアコギ、ムーグ・ソニックシックス、TEACの4chのテレコを買い込み、社会からドロップ・アウトし音楽の制作に心血を注ぎます。

そうして作り上げられた本作には、The Beatles「Revolution No.9」に強い影響を受けた倒錯的なサウンド・コラージュを編み込んだ、物憂げなダウナー・フォークが収められています。しかし、彼の卓越したメロディ・メイカーとしての才は芽吹き、類稀なるバランスでポップとアヴァンギャルドの両立が実現されていたのです。

これはホーム・レコーディング・サイケの名作なのか、それとも1人の狂人の音日記なのか。それは聴くものに委ねられているのです……。

 

■ Hopkins Bradley『Nothing Hides Better Than Darkness』

発売国:US
レーベル:H & B Records
規格番号:H7310
発売年:1973
レアリティー:★★★★(5/6)

個人的にも狂おしいほどに好きな1枚をご紹介。

米オハイオ州出身のフォーク・デュオが残した本作は、白日夢がごときサウンド・スケープと、胸が締め付けられるようなセンシティヴなメロディー・ラインが美しい名作です。

録音は自宅地下室にオープンリールを1台据え、アコースティック・ギターとピアノ、そしてデッキに内臓されていた粗雑なクロス・パッチ・リバーブを使用して行われており、しばしばオーバードーズ気味のエコーによって歌声が割れて歪んでしまっています。
しかし、プロフェッショナルなスタジオ・レコーディングでは決してあり得ない、その貫かれたアマチュアリズムが生むサウンドが、聴く者の心を揺さぶってやまないのです。

なお、本作はアートワークのない純白のプレーン・カヴァー(手書きでアーティスト名の記載のある個体もあり)に入れられて、わずかばかりの枚数がプレスされた自主盤として知られていますが、2009年にはVoid Recordsが新たにジャケットを追加した、新装リイシュー盤をリリースしています。
ただ、リイシュー盤は音質面のロスが大きく、聴いた際の印象が大きく異なってしまうため、やっぱり私的にはオリジナル盤での試聴を強く推薦させていただきます。入手難度は高いですけどね……。

 

■ Yuri Mrozov『Cherry Garden Of Jimi Hendrix』

発売国:Russia
レーベル:Cobweb Records​​​​​​​
規格番号:Л93 0009​​​​​​​
発売年:1993
レアリティー:☆☆(4/6)

最後にご紹介するのは、国家に追われながらも宅録を敢行したソヴィエト・ロックの求道者、ユーリ・モロゾフです。

鉄のカーテンの向こう側こと、ソビエト連邦。表現の自由が著しく制限されたかの国においては異例中の異例、彼は自らの手で作り上げたホーム・スタジオにこもり、独り宅録を始めています。さらに、秘密警察KGBの監視下に置かれながらも、アンダーグラウンド・ライヴの開催など旺盛な活動も続けた彼は、ソヴィエト・ロックの草創期を支えたカルト・ヒーローともいえる存在でした。

当時、彼の音源の大半は商品化(レコード化)されることなく、リール・テープ等でひっそりと隠匿されていましたが、残された音源は実にアルバム50枚分。それらの膨大なアーカイブは、ソ連崩壊以降、徐々に全貌を現し始めています。

そして、ようやく1993年に初レコード化された本作は、1970年代に録音されたソ連サイケデリアを代表する不朽の名作です。アルバム・タイトルが表す通り、かのジミ・ヘンドリクスに多大なる影響を受けて制作された1枚で、聴くもの全てを「Out There」に連れ去りゆく尋常ならざるインパクトを残します。

なお、他アルバムでは時代の潮流と共にロック、サイケ、アシッド・フォーク、アヴァンギャルド、実験音響と、実に広範に渡る音楽性を提示しており、世界でも類を見ないほどの圧倒的なまでのオリジナリティーを放っています。
そのため、その知名度こそ遠く及ばないものの、かのシド・バレットやジミ・ヘンドリクスに比肩する才を持つ存在として、一部のマニアたちから信奉され続けてきたのです。

現在ではほぼ全ての音源がCD化を果たしていますので、皆さんもこの危険極まりない味にトライしてみてはいかがでしょうか? ぜひ!

では次回ご来店をお待ちしております!

 

 

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Text:山中明(ディスクユニオン)
Edit:大浦実千