第二十四回 ロドリーゴとバレンシアのワイン【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】

毎年2月頭に勤務する常葉大学短期大学部音楽科ウインド・オーケストラの定期演奏会が開催されます。大学のアンサンブルの授業の総決算となる演奏会ですので、どんな曲を聴いていただこうか、その年の学生の成長ぶりや良さを引き出せる曲、また学生のアンケートも踏まえて選曲しています。僕が指揮するようになって10年が経ちましたが、同じ曲にならないように毎年頭を悩ませています。

今年のプログラムは下記のようなものでした。

田村修平:《コンサートの幕開けを飾る》プロローグ・ワン
芳賀 傑:星屑パレット
田村修平:《雲外蒼天》〜空翔る若鷲
J.バーンズ:交響的序曲 作品80
J.ロドリーゴ:交響詩《青い百合のために》


〈東部公演〉
F.クロンマー(杉本 能 編曲):2本のクラリネットのための協奏曲 作品35 変ホ長調より 第1楽章
F.ダヴィッド(D.ウィック 編曲):トロンボーン小協奏曲 作品4 変ホ長調

〈静岡公演〉
J.ヤコブセン:チューバと吹奏楽のための協奏曲《チューバ・ブッフォ》
杉本 能:交響詩《少女病》(世界初演)
 

協奏曲のソリストは昨年からオーディションで選ばれた学生が務めています。今年は作編曲専攻の学生の作品の世界初演もありました。この作品が特殊奏法を駆使したバリバリの現代曲で、拍子も変拍子ばかりという指揮者泣かせの作品で、振り間違えないように必死で指揮しました(ご興味がある方は「交響詩《少女病》」を検索してみてください)。

田村修平さんは常葉短大同僚でもあり、多彩な吹奏楽作品で知られる気鋭の作曲家です。
オープニングのプロローグ・ワンは冒頭の仕掛けが楽しい作品、
《雲外蒼天》は2022年に航空自衛隊中部航空音楽隊の委嘱で作曲されたドラマチックな作品です。

芳賀傑さんは、彼が愛知県立芸術大学の学生の頃、僕が非常勤講師として勤めており、サクソフォーン協奏曲を初演したことがあります。その後、フランスへ留学し、2018年には「第6回クー・ド・ヴァン国際交響吹奏楽作曲コンクール」で第1位・聴衆賞を受賞し一躍有名になった若手の作曲家です。その時の受賞作《水面に映るグラデーションの空》の終盤の美しいコラールの部分を独立させたのが、今回演奏した《星屑パレット》です。

さて、メインは20世紀のスペインを代表する作曲家ホアキン・ロドリーゴ(1901-1999)の交響詩《青い百合のために》を取り上げました。生没年に注目していただけると分かりますが、まさしく20世紀を生き抜いた人物です。スペイン東部バレンシアの北に位置する町サグントで生まれ、3歳の頃病気のために視力を失いますが、8歳でピアノとヴァイオリンを学び始め、後にパリに留学します。

彼の名前を世界に知らしめたのは、何といってもギター協奏曲《アランフェス協奏曲》(1939)でしょう。妻でピアニストのヴィクトリアと新婚旅行で訪れたアランフェス。スペインのおよそ中央、マドリードの南にあるこの町は、荒涼たるカスティーリャ・ラ・マンチャ州(「マンチャ」はアラビア語の「乾いた土地」に由来)に囲まれるようにぽつんと存在する緑豊かなオアシスで、タホ川沿いの宮殿と庭園は現在では世界遺産に登録されている景勝地です。

ところがスペイン内戦(1936-1939)で被害を受け、ロドリーゴはスペインの平和への祈りを曲に織り込んだと言われています。画家フランシスコ・デ・ゴヤの描いた「貴族的なものと民衆的なものが溶け合っていた18世紀スペイン宮廷の姿」を描いたと本人も語っています。とりわけ第2楽章の感傷的で美しいメロディーには、そこに夫人と訪れた時の想い出も重ねられています。この旋律は数多のアレンジが産み出され、クラシック・ファンのみならず広く知れ渡っています。

そんなロドリーゴの知られざる交響詩《青い百合のために》は1934年に作曲されました。元はオーケストラのために書かれた作品で、後に吹奏楽版が編まれました。タイトルにある「青い百合」はもちろん存在しない幻の花(2012年に新潟県とサントリーが遺伝子組み換えによって共同開発に成功したようですが)。「ある国の王が病に侵され、三人の息子たちが霊力を持つという青い百合を探す旅に出る。末の息子が青い百合を見つけるのだが、野心に燃える兄たちによって、青い百合は奪い取られ、殺されてしまう」という悲劇的なバレンシア地方の伝説を題材にしています。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(1)

 

特筆すべきはイングリッシュ・ホルンによって奏でられる物悲しい旋律の美しさ。それに対比するかのような金管群の咆哮です。どこまでも詩的に綴られる音楽は、理屈では語ることのできないスペイン音楽の魅力でしょう。しみじみとした場面があるかと思えば、時に感情の爆発があり、突如お伽噺のようなメルヘンの世界へ突入したりと、一筋縄ではいかない作品ですが、若い感性を発揮するには格好の内容かと思い、演奏会のメインに据えました。

僕のフィンランド留学時代の同窓生にバレンシア出身者がいました。名前はロベルト・フォレス・ヴェセス。10人ほどいた指揮科の学生の中でもわりとすぐに仲良くなり、よく食事をしにお互いのアパートに行き来したものです。ところが、そこはスペイン人で、フィンランドに住んでいても食事の時間はスペイン時間。こちらも気を遣って遅めの20時頃を指定するのですが(フィンランドの夕食時間はヨーロッパの中では早い)、ついぞ約束の時間に現れた試しがありません。料理の腕はなかなかのもので、ジャガイモの入ったスペイン風オムレツ「トルティージャ」をよく作ってくれたものです。ある時は故郷の味が懐かしいと言って、帰省した折に生ハムを腿一本担いで帰ってきて、原木ハムをスライスしてご馳走になったこともありました。

僕は専らワイン担当で、そんな時にはスペインワインを買って駆けつけました。よく飲んだのはスペイン北西部ビエルソ地域のワイン、ホセ・パラシオスの「ペタロス」や、リオハのマルケス・デ・リスカルなどでしょうか。たまにリベラ・デル・ドゥエロ産のワインなど飲んだ時には「ここは良い産地だ」と満足げだったのを懐かしく思い出します。
今月、ご紹介するのはロベルトの生まれ育ったバレンシアのワインです。バレンシアの郷土料理オリジナルのパエリアは、魚介ではなく鶏とウサギ肉がメイン。フィンランドではパエリア鍋がないから作れないと、頑なに一度も作ってくれませんでした。いつの日かバレンシアを訪れてご自慢のパエリアを味わってみたいものです。

 

 

~今月の一本~

 

ロス・フレイレス モナストレル/ガルナッチャ

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(2)

ロドリーゴの生誕地からほど近いバレンシアのワイン

 

先月、彼は名古屋フィルハーモニー交響楽団第508回定期演奏会に指揮をしに来日しました。久々の再会を楽しみにいていましたが、都合がつかず残念ながら見送らざるを得ませんでした。シベリウスの交響詩《タピオラ》にニールセンの交響曲第4番《不滅》という北欧2巨匠の作品を取り上げたプログラム。かつて切磋琢磨した仲間の現在の姿を見てみたかったです。吉野直子さんをソリストに迎え、ロドリーゴの《アランフェス協奏曲》のハープ版を手兵のオーヴェルニュ室内管弦楽団と録音したCDが出ていますので、聴いてみたい方はぜひどうぞ!

 

 

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Text&Photo(ワイン):野津如弘

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