第二十六回 日本の神と酒【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】

古来より酒と音楽は人々の暮らしに欠かせないもので、また両者ともに神との関わりが深いものでした。以前、ギリシア神話とワインの話を書きましたが、日本も同様で、神々と酒は密接に結びついています。

新海誠監督の映画『君の名は。』で、主人公のひとりである宮水神社の巫女・三葉が醸す口噛み酒が描かれていましたが、古代日本では、米を口に入れて噛むことで唾液の働きを用いて糖化する酒造りが行われていました。そして、この作業は映画に描かれていたように巫女が行なっていたのではないかと言われています。

今でも酒造りの神が祀られている神社が全国各地にあります。中でも奈良県の大神(おおみわ)神社、京都府の松尾大社と梅宮大社が「三大酒神」として全国の酒蔵から崇敬を集めており、三社とも酒と音楽・芸能が深く結びついていることを感じさせてくれる歴史を誇っています。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(1)

大神神社・参道

 

大神神社は、三輪山に鎮まる大物主大神をご神体とし、神社の社殿が成立する以前からある古来の祭祀形式を伝えており、日本最古の神社とも言われています。崇神天皇の代に疫病が流行ったとき、天皇は「大田田根子を祭主とし自分を祀るように」という神託を受け、そのようにしたところ疫病は収まったといいます。その際に、一夜にして酒を醸して奉献したのが高橋活日命(たかはしいくひのみこと)で杜氏の祖神とされています。高橋活日命は大神神社内の摂社「活日(いくひ)神社」に祀られています。

「此の神酒(みき)は 我が神酒ならず 倭(やまと)成す 大物主の 醸(か)みし神酒 幾久(いくひさ) 幾久」

と詠われる神楽『うま酒みわの舞』は活日命が詠んだ歌に作曲・作舞されたものとされています。この神楽は春の大神祭、11月半ばの醸造安全祈願祭(酒まつり)で4人の巫女によって舞われます。今年は卯年。大神神社はとりわけウサギと関わりが深いとされていますので、お酒の好きな方は酒の神様に日頃の感謝を捧げると良いでしょう。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(1)

高橋活日命の祀られる「活日神社」

 

松尾大社は、朝鮮から渡来した秦氏の氏神として松尾山に祀られた神をご祭神とし、秦氏が酒造技術に優れていたことから、次第に酒造りの神として仰がれるようになりました。11月初めの卯の日には「上卯祭」と呼ばれる酒造祈願祭が、そして4月中の酉の日には「中酉祭」と呼ばれる醸造感謝祭が執り行われます。

「上卯祭」においては大蔵流狂言『福の神』が奉納されます。「福の神」は「笑う門には福来る」とあるように、高らかに笑い声を上げながら松尾大社の参詣人の前に現れて、酒をねだり、幸せになるには心の持ちよう、生き方が大切だと説き、最後に福の神に酒をたくさん飲ませることが秘訣だと言って、上機嫌で去っていくというストーリーで、福の神の人間じみた一面が垣間見えるなんとも微笑ましい狂言です。シテの面も酔って赤らんだことを表すかのような朱色で、笑っている表情も特徴です。

梅宮大社は酒解神(さかとけのかみ)=大山祗神(おおやまづみのかみ)と、その子・酒解子神(さかとけこのかみ)=木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)を祀り、酒造守護の神徳があらたかとされています。
創建当時(750年頃)、朝廷で酒造りの任にあったのが「刀自(とじ)」と呼ばれた女官で、橘氏の祖・諸兄公(もろえこう)の母・県犬養三千代(あがたいぬかいのみちよ)がその官にあったため、大山祗神の神格の中でも酒造りの部分に焦点が当てられたのではないかと伝えられています。相殿に祀られる仁明(にんみょう)天皇は音楽芸能に秀で、龍笛の名手でもありました。雅楽『西王楽(さいおうらく)』の作曲者としても知られ、曲は今も伝えられています。

松尾大社からは桂川を渡ってわりと近くにありますので、両社合わせてお詣りすると酒飲みにはご利益があるかもしれません。松尾大社では「服酒守」なる酒飲みにはピッタリのお守りを授かることができます。

さて、雅楽や神楽、そして能・狂言もですが、時代を下り歌舞伎でも酒が物語の要となる役割を果たしている作品が数多くあります。

今月の明治座で上演された『大杯觴酒戦強者(おおさかづきしゅせんのつわもの)』もその一つ。
かつては武田家に仕えた馬場三郎兵衛(中村芝翫)は、今は足軽の身。原才助と名前も変え、内藤家に仕えています。唯一の特技は大酒飲みという、昼間から飲んだくれているどうしようもない侍なのですが、ある日、酒豪・井伊掃部頭(いいかもんのかみ)直孝(中村梅玉)の酒の相手をするように主君・内藤紀伊守(松本幸四郎)からの命が下ります。二人は五合、七合五芍、一升入るという三つの杯で酒を飲み比べ、才助は次第に酔っ払っていきます。直孝は才助の額にある三日月型の刀傷に気付き、才助が実は大坂夏の陣で刀を交えた馬場三郎兵衛と見破ります。直孝は三郎兵衛を召し抱えたいと申し出ますが、紀伊守は惜しくなったのか断り、直孝と三郎兵衛が直接勝負して決着をつけることになります。

元々、明治座座元を務めた初代市川左團次のために河竹黙阿弥が書いた狂言で、今年150年を迎える明治座にふさわしいめでたい演目です。上演される機会はほぼないのがもったいない芝居ですが、一見たわいもない筋の中に、酒をいかにもうまそうに飲む飲みっぷり、洒落た言葉遊び、そして何より才助の愛嬌たっぷりの演技が味わえる大らかな作品と言えるでしょう。音楽も才助の酔っぱらいぶりを表す庶民的な音曲から、拡張高い御殿で奏でられる曲、そして義太夫に合わせてセリフを歌うように語る、いわゆる「糸に乗った」語りまで様々な要素が取り込まれているのも魅力です。

この舞台で飲まれていた酒は灘の剣菱。剣と菱形のロゴマークが特徴の銘酒です。江戸時代には、上方から江戸へ下った「下り酒」として人気を誇りました。劇中に灘の酒を褒め称えるセリフがありますが、剣菱が灘に移ったのは昭和初期のこと。当時は伊丹の剣菱だったわけですが、それでは通りが悪かったのでしょう。
「灘の生一本」という言葉があります。そもそも「生一本」とは一つの酒蔵で造られた、混ざっていない酒のことを指します。現在、灘の酒は、主に兵庫県内で生産される酒造好適米の山田錦と「宮水」と呼ばれるミネラル分の豊富な硬水を用いてキリッと辛口の酒を醸しています。

 

 

~今月の一本~

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(3)

大神神社・御神酒

 

アフターコロナで、また外で酒を飲む機会が増えてきました。ぜひ才助のように大らかな気持ちで(しかし、量はほどほどに!)酒を味わいたいものです。

 

 

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Text&Photo:野津如弘