指揮者・野津如弘がみた ケイト・ブランシェット主演映画『TAR/ター』

主人公のリディア・ター(ケイト・ブランシェット)はクリーヴランド管弦楽団、フィラデルフィア管弦楽団、ニューヨーク・フィルハーモニック、ボストン交響楽団そしてシカゴ交響楽団というアメリカ5大オーケストラで指揮者を務め、さらには作曲家としてエミー賞、グラミー賞、アカデミー賞、トニー賞を受賞するなど順風満帆のキャリアを送っているかに見えた。現在は、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と思われるドイツのオーケストラで女性として初となる首席指揮者を務めながら、ニューヨークのジュリアード音楽院で後進の指導にあたる多忙な日々を送っている。そんな中、マーラーの交響曲第5番の録音とター自身の新作の作曲を同時に進めているのだが、なかなか思うように進まない状況で、徐々に人生の歯車が狂い始めていくというサイコスリラー作品だ。

 

映画『TAR/ター』_1

 

本稿では、指揮者の目を通して観た本作品の見どころをご紹介していこうと思う。

まず、映画の根底に流れるマーラーの交響曲第5番について触れなくてはなるまい。映画好きの方にはヴィスコンティの名作『ベニスに死す』で使われた曲、というと「あー、あれか」と思い出す方も多いだろう。

この曲は別連載で一度取り上げたことがあり、作品の詳細はそちらをご覧いただくとして(名曲と美味しいお酒のマリアージュ第四回)、マーラーの妻となるアルマへの愛を歌った作品である。映画では、ターが過去の録音を研究した様子が、床に広げられたレコードの数々からもうかがえる。中心にあるのはクラウディオ・アバドがベルリン・フィルを1993年に振って録音したもの。ターはこれらのLPの上を歩き回り、まるで自分がこれらの解釈を超えた存在であるかのごとく振る舞っているようだ。自身のアルバムもアバドのジャケットと同じ構図でとる不遜さにも現れていると言えるだろう。

自信満々にインタビューで語っているシーンも興味深い。過去のマーラーの名指揮者にはウィレム・メンゲルベルク、ブルーノ・ワルターなどが挙げられるが、ターの師匠という設定のレナード・バーンスタインはその筆頭だろう。25歳の時に、急遽ワルターの代役としてニューヨーク・フィルハーモニックの演奏会を指揮して一躍有名となったバーンスタインは、同じユダヤ人ということでマーラーの作品に特別な思い入れを持って取り上げた。全身全霊を尽くして音楽に没入する指揮姿は、残されたマーラーの交響曲全集の映像で見ることができる。バーンスタインは指揮活動の一方で『ウエストサイド物語』の音楽の作曲など、作曲家としても活躍した。こういうところもターは師の後を追っているように思うのだが、彼のテンポをめぐる解釈への否定的な言及をし、自身のオリジナリティーを出そうとしている。

しかし、理想を滔々と語るのとは裏腹に、オーケストラとのリハーサルは思い通りには進んでいない。ターのキャラクターはややステレオタイプで、過去の巨匠、しかも独裁的といわれた20世紀前半の指揮者像をもとにしているように思われる。現代の指揮者はオーケストラと共に音楽を創るという姿勢のもとでリハーサルを行うのが一般的で(奇しくも彼女がジャケット写真を模倣したアバドなどその代表格であろう)、独善的なスタイルはもっぱら過去のものとなっている。そして実際の現場では、リハーサルで長々と話をする指揮者は嫌われるので、話は要点を簡潔に、指揮棒で表現できることは棒で示すのが基本である。

 

映画『TAR/ター』_2

 

さて、上記の点は映画の演出上必要だから措くとして、多くの点であたかもターが現代に実在する指揮者のように思えてしまうところに脚本の巧みさがあるだろう。虚構と現実を見事にないまぜにしており、綿密な取材に基づいてエピソードを挿入し、登場人物を配置している。

映画で実名が登場するように、スキャンダルで指揮台を追われた指揮者のニュースは数年前にも広く報じられたので、覚えておられる方も多いだろう。また、僕が学生時代には(20年ほど前だが)、若手の女性指揮者が巨匠に言い寄られたという類の話を耳にしたことがある。

登場人物の中で、ターがジュリアード音楽院で行っている指揮者養成プログラムへ寄付しているという設定のエリオット・カプランのモデルは、明らかにギルバート・カプランだ。著名な金融専門誌『Institutional Investor』の創業者として経済的に大成功を収めたギルバート・カプランは、憧れのマーラーの交響曲第2番『復活』を指揮するために、私財を投じて数々のプロのオーケストラを雇い演奏会を開き、ついにはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とCDをリリースするに至った音楽愛好家である。それが2002年のことであったが、僕がフィンランドのシベリウス音楽院に入学した年でもあり、クラスの中でも話題となった。マーラーの自筆譜をメンゲルベルク・コレクションから買い取って、現行の楽譜との違いを研究するなど、学術的にも成果はあったのだが、当時はアマチュアがウィーン・フィルを振ったということに対しての一種のアレルギー反応のようなものが強かったように記憶している。

物語ではカプランの財団が支援する指揮講座でのターの発言が切り取られ、悪意をもって編集された動画が出回ることが、彼女を転落させる契機となっている。また、過去に指導したクリスタという若手指揮者の死も彼女を悩ませる問題のひとつだ。パートナーでありオーケストラのコンサートマスターを務めるシャロン(ニーナ・ホス)との関係も微妙だ。ターはオーディションを受けに来たチェロ奏者オルガ・メトキナ(ソフィー・カウアー)に魅入られてしまう。その後の展開は本作品をご覧いただくとして、エルガーのチェロ協奏曲について少し書いておこう。

 

映画『TAR/ター』_3

 

イギリスの作曲家エドワード・エルガーの代表作にしてチェロ協奏曲の名曲として知られる作品で、1918年に作曲される。初演の評価は芳しくなかったものの、再演したベアトリス・ハリソンの演奏が評判となり、エルガー指揮の録音の演奏も彼女が担当した。1961年に16歳でデビューしたジャクリーヌ・デュ・プレの演奏は衝撃的で、世界的な人気を得た。女性チェロ奏者によって世に出た作品という背景が、この映画にもマッチしており、フィールド監督も「ロッテ・レーニャとジャクリーヌ・デュ・プレを合わせたような人が理想」と語っている。

映画に登場する音楽はほかにもアマゾンのシピポ族のシャーマンが歌うイカロ(治療歌)やジャズのスタンダード・ナンバーなど幅広い。マーラーは「交響曲は世界のようでなければならない。全てを包含しなくては」と述べたとされているが、この映画には様々な音楽が取り込まれている。しかし、ターが作曲している無調の現代音楽は断片が繰り返し登場するのみで、一向に完成される気配がない。マーラーの録音も同様だ。壊れた機械仕掛けの音楽のようにアコーディオンの伴奏でターが歌う“Apartment For Sale”。無機質に刻まれるメトロノームの音。これを音楽映画だと思って観ると、ブツ切れの音楽に苛立ちを覚えるかもしれない。ターが心理的に追い詰められていくに従って、音が恐怖となり、音楽も苦痛に満ちたものになっていく。

愛の表現だったはずのマーラーの交響曲第5番、音楽のミューズによって奏でられるはずのエルガーのチェロ協奏曲。手中に収めたかに見えた権力と共にターの手から音楽がこぼれ落ちていくようだ。

 

 


 

【Information】
 

映画『TAR/ター』
 

映画『TAR/ター』_3

 

監督・脚本・製作:トッド・フィールド『イン・ザ・ベッドルーム』『リトル・チルドレン』

出演:ケイト・ブランシェット『ブルージャスミン』、ニーナ・ホス『あの⽇のように抱きしめて』、マーク・ストロング『キングスマン』、ジュリアン・グローヴァ―『インディー・ジョーンズ/最後の聖戦』

⾳楽:ヒドゥル・グドナドッティル 『ジョーカー』(アカデミー賞作曲賞受賞)

原題:TÀR/アメリカ/2022年 © 2022 FOCUS FEATURES LLC.

配給:ギャガ

2023年5⽉12⽇(⾦)TOHOシネマズ⽇⽐⾕他全国ロードショー

公式HP:https://gaga.ne.jp/TAR/

 

 


 

ヤマハ「ぷりんと楽譜」にて、映画『TAR/ター』劇中使用楽曲を紹介中
 

映画『TAR/ター』_4

 


 

Text:野津如弘

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