身近な食材を笛にする達人 世界にひとりのちくわ笛奏者 ~住宅正人の興行人生~


ちくわをメインにれんこん、バナナ、ソラマメと食べればおいしい食材を尺八のように吹いてしまう民謡界の異端児、住宅さん。彼はすでに、テレビなどメディアでは「ちくわの人」として知られた存在だ。岡山を拠点とする住宅さんが、どのような道のりを経てちくわ笛奏者になったのか、そのこだわりや音楽観を聞いた。

 

尺八を吹く人間は、筒状のものを見ると音が出ると思うんですよ。

住宅正人

「私のアイドルは、昭和30年代に絶大な人気を誇っていた三橋美智也。お菓子の『カールの歌』を唄っていた人です」と語る住宅さん。

 

ーちくわは地元、岡山産ですね?

はい。地元の特産品で、長さが20cmくらい。小売価格が800円くらいはする最高級品です。質が良くないと良い音は出ないんですよ。昔は400円くらいで買えたんですけどね。原材料の高騰で値段も上がりましたけど、サイズが短くなったときには困りましたね。2mmかじるとピッチが変わるくらいですから音をとるのが大変になってしまって…。簡単そうに見えますが、ちくわ笛は尺八を吹く技術の応用です。私は民謡の唄い手ですが、舞台の7~8割は尺八や篠笛の伴奏です。この技術がなければ音を出すことも、音階を奏でることも難しいと思いますよ。

―ちくわ笛誕生は、偶然ですか?

尺八を吹く人間は、筒状のものを見ると音が出ると思うんですよ。ある民謡会の宴会の席で、おでんのちくわを試しに吹いてみたのが始まりです。ことのほかウケが良かったので、そこからちらほらといろいろな場所で披露していたらウワサになって広まりました。みなさん、まず食べ物が楽器になり曲になることに「すごい!」と、驚かれますね。まるで普通の楽器みたいと。

ちくわ以外だったら何が笛になるかなぁと、パイン飴や冷凍イカ、ソラマメやバナナなどを試しました。結果的にレンコンがいちばん向いていました。でも、茨城産や新潟産では音域が足りず、やはり地元岡山のレンコンでなければ良い笛にはなりませんでした。
 


―ちくわ笛でもっとも難しい点はどこですか?

音域が狭いことでしょうか?ちくわ笛もレンコンも音域は1オクターブと1~2度くらいと狭く、音程がとりにくい。ピアノやギターなどと合奏したとき、曲を美しく響かせるには正確に音程を合わせなければなりません。

ちくわ笛は毎回演奏直前に食べて作るのですが、まず袋から出し、パクリパクリと歌口と顎あたりのところを斜めに食べます。筆記用具のフタで穴を空けて吹き、音を聞いてちょっと下をかじったり、中を掘ったり削ったりしながら音程を調整します。食べてしまったら元には戻せないのでこれは難しいですよ。

 

ちくわ笛の演奏料が市役所勤務時の給料を超えたので、生業にしようと。

住宅正人(2)

「音楽芸の芸人」を自負する住宅さんは「正確な耳コピー」により各地へ伝搬していった民謡の譜面集・調査報告書などの執筆も行う。

 

―民謡のキャリアのほうがちくわ笛より長いですよね?

はい。民謡は4歳で初舞台に立ったのでもう50年はやっています。祖父母が民謡の唄い手だったことが大きかったのですが、実家は岡山市の呉服屋でね。父は「芸人」なんて絶対に認めない人でした。民謡でご飯を食べようとも思っていませんでしたし、ましてや呉服屋も斜陽産業でしょ。だから大学は法学部へ進みました。大学卒業後に地元の観光開発会社に勤務して、そのあと市職員や観光協会事務局長など岡山県の観光PRに長く携わったのです。

ちくわ笛はもともと、観光PRのための飛道具でした。何か人を惹きつけるものがないと誰も注目してくれませんから。東京事務所にいた時期には、テレビなどにもたくさん取り上げてもらいましたので2006年くらいまでの間は「公務として」披露していました。ちくわ笛の仕事依頼が一斉にくるようになったのは、2007年に岡山市職員を退職してからですね。「ちくわの人が市役所を辞めた」と、地元ではニュースになったくらいでしたから。

―そのあたりが転機ですか?

そうですね。そもそも、市職員を退職した理由は父親が倒れたからでした。私はこの時期、ちくわ笛奏者と家業を継ぎ代表取締役としての仕事が並行していました。実家の呉服屋は、実際に後を継いでみるとやはり業績は悪く、新規事業を興そうと。得意分野の観光施設運営に参入し2007年3月に倉敷市に「桃太郎のからくり博物館」を、翌年に鳥取市に「砂丘の不思議からくり館」(のちに営業権を譲渡)のふたつを開設し入場料で収益を得ようと考えたのです。

施設の運営は多忙でしたが、ちくわ笛の仕事もさらに多忙になり、出演料収入が市役所時代の収入を上回るようになったので「ちくわ笛演奏家」を生業としたというのが正直なところです。人生設計ほとんどなし?ですね(笑)。

 

ちくわ笛を入口にして、伝承民謡や邦楽器の音色を体感してほしい。

CD「ちくわ笛」ちくわ&レンコン

(写真左)CD「ちくわ笛」は全5曲入り、1500円。郷愁を誘うちくわ笛の音色が楽しめるオリジナルアルバム。(写真右)岡山産のちくわとレンコンで笛を作る。​​​​​​​

 

―「ちくわ笛で稼ぐ」って、すごいことですよね?

現在も、会社の代表としての役員報酬はもらっていないですよ。演奏収入が著しく低下したらもらいましょうかね(笑)。

ギャラでいうと、海外の人気テレビ番組にゲストで呼ばれた際には、交通費を除いても軽乗用車が買えるくらい、頂いたことがあります。外タレはギャラが高い(笑)。反面、被災地慰問や福祉施設などでの演奏は、交通費・滞在費持ち出しでノーギャラという仕事もたくさん受けています。

 

被災地慰問や福祉施設などでの演奏(1)

被災地慰問や福祉施設などでの演奏(2)

 

―本来はやはり民謡を広め、民謡1本で活動したいですか?

はい、本心はそうですね。しかし、音楽や芸能文化は時代を映す鏡です。生活スタイルが変化したのですから、古典邦楽や伝承民謡などの需要がないのは事実です。

ちくわ笛は一見「趣味活動」に見えて営業感が薄いかもしれませんが「ちりも積もれば」という稼ぎ方です。演奏業は「動かなければ、収入ゼロ」なのでとにかく数をこなすということに尽きます。次の仕事がもらえるように、お客様や主催者の顔色をみる緊張感が四六時中あり、常に「いい人」でいることも心がけなければいけない。そして年中無休、収入は激しく変動し、災害などで社会の不安が増したり、弔中感や自粛ムードが広がると一気に需要がなくなるという業種でもあります。つまり先が読めず、極めて不安定なのです。

―でも続けられているということはやはり、お客様から得るものがあると。

そうですね。たくさんのお手紙やメールを頂きます。経営者の方からは「ナンバーワンよりオンリーワンの情報発信力」、音楽関係者からは、「これぞ楽器の原点」、古い舞台芸人さんは「いまどきのタレントがやらないような『芸』を久々に見た」など。東日本大震災で津波被害に遭い家族を失った高齢者の方から「被災後初めて笑顔になれた」という言葉を頂いたこともあり、いつも励まされます。​​​​​​​

―逆に、試練をご経験されたエピソードはありますか?​​​​​​​

まさに今年7月の西日本豪雨災害です。会社も個人も直接の被災はなかったのですが、イベント自粛ムードが広がり50件ほどの出演キャンセルがあり収入が激減しました。さらに倉敷の「桃太郎のからくり博物館」も観光客激減のあおりを受け、業績が落ち込みました。​​​​​​​

しかし、私が「お天気マニア」であることが助けになりました。お天気好きが高じて1995年に取得した気象予報士の資格があるので、防災講座&お天気教室&ちくわ笛演奏会という形の講演形式が増え、私の活動の中でも新ジャンルになりつつあります。​​​​​​​

―そのバイタリティはどこからくるのでしょう?​​​​​​​

先ほど民謡は時代的に需要がないと言いましたが、しかし民謡界にいるものとして、民謡の歴史や素晴らしさを世の中に伝えていきたいからだと思います。ちくわ笛でだまして(笑)集客して、民謡や邦楽器の音色を聞いてもらったり、邦楽器やちくわ笛の演奏にチャレンジできるような場をつくるなどの作戦をコツコツと実行しています。なかなか巧みな手口でしょ? 特に若い人や子どもたちに体験してもらいたいですね。​​​​​​​

ちくわ笛は「音楽芸」です。シャレであり遊び。音を楽しむために敷居は低いものでなければなりません。田植えや漁などから生まれた民謡のように、音楽とは自然の中や人々の暮らしから生まれたものです。くつろぎや興奮や遊び心を「語るように」表現できる無リード型の管楽器は、人々の生活に密着した音を奏でるものであり、心地よさを与えてくれるものです。昔の人は身近に生えている竹や木などの自然素材を用いて笛を作り、心地よい風・波・川の流れ・葉ずれ・笹泣きの音、鳥や虫の声、あるいはその隙間の無音までをも真似たのではないでしょうか。私はそれがたまたま、ちくわ笛になってしまいましたけれどね。​​​​​​​

 

【おまけ】ちくわ笛のつくり方​​​​​​​


【Profile】
住宅正人

1964年、岡山市生まれ。18歳で民謡・尺八の師匠のもとへ弟子入り。唄、尺八と篠笛の修行を積む。大学卒業後は観光開発会社勤務、岡山市職員、岡山市観光協会事務局長などを経て2007年、岡山県倉敷市に「桃太郎のからくり博物館」をオープン。博物館館長、民謡伝承研究家、気象予報士などさまざまな顔を持ちながら、ちくわ笛奏者として全国を飛び回る。

【演奏・講演会スケジュール】
2月22日(金)岡山市建部町公民館 一般教養講座 13時30分~
3月18日(月)東京都江戸川区小岩 東京葬祭演芸会 18時~
4月14日(日)岡山県津山市ベルフォーレ 宮坂流民舞公演 ➀10時~ ➁14時30分~
5月26日(日)岡山県倉敷市芸文館 市民民謡まつり 12時~
など

 

●オフィシャルウェブサイト
http://chikuwabue.shisyou.com/index.html

※出演・講演スケジュール、CDなどすべての問い合わせは
桃太郎のからくり博物館
https://www.kurashiki-tabi.jp/see/193/

 

Photo:冨田実布
Text&Edit:兼子梨花