楽器の迷宮【Labyrinth Of Musical Instruments】 親指ピアノ:サカキマンゴー編


このコーナーでは、通常ポップ・ミュージックではあまり使われることのない特殊な楽器、あるいは近年新たに発明・開発された楽器について、代表的演奏者へのインタビューを通じてその魅力や、シーンを紹介する。今回取り上げる楽器は、親指ピアノ。ナビゲーターはサカキマンゴーさんだ。

アース・ウィンド&ファイアが広めた民族楽器界のスター・親指ピアノ


今回のテーマは、親指ピアノ(サム・ピアノ=Thumb Piano。学術用語ではラメラフォーン=Lamellaphone)だ。
アフリカ各地で昔から奏でられてきた親指ピアノは、非欧米の民俗楽器としてはシタールやジェンベやディジェリドゥなどと並びおそらく最もポピュラーなもののひとつだろう。欧米のロックやポップスの世界でも70年代からしばしば用いられてきた。すぐに思いつく例を挙げると、ボビー・コールドウェルの「Kalimba Song」(78年のアルバム『Bobby Caldwell』に収録)やエルヴィス・コステロの「You're No Good」(89年のシングル盤「Veronica」のB面曲)、アンビエント系実験音楽家ララージの「Kalimba」(ブライアン・イーノ主宰のオーパル・レーベルから88年に出たオムニバス盤『Music For Films III』に収録)等々いろいろ出てくる。

しかし、この楽器を一般リスナーに知らしめた最大の功績者といえば、やはりアース・ウィンド&ファイアだろう。
アース・ウィンド&ファイアのリーダー、モーリス・ホワイトは根っからの親指ピアノ好きとして知られ、1970年のバンド結成当初からカリンバを使用していた。そして70年代半ばには「カリンバ・プロダクションズ」なる制作屋号まで用いるようになる。

▼Earth, Wind & Fire - kalimba ballad & evil & Yearnin' Learnin'


かくして「カリンバ」という楽器名が一般に広まってゆき、ポップ・ミュージック・シーンでは「親指ピアノ=カリンバ」という認識になっていったわけだが、しかし実際のところカリンバは親指ピアノの総称ではない。

元々、アフリカ南東部のマラウイ~モザンビークの一部で使用されてきたカリンバという親指ピアノがあったが、その呼称を流用する形で南アの企業が西洋音階を奏でられるシステマティックな親指ピアノを作り、商標登録したと言われている。それが欧米で定着したため、今やアフリカでも都市部ではカリンバという呼称が一般的になっているようだ。

 

EW&Fが広めた民族楽器界のスター・親指ピアノ(1)EW&Fが広めた民族楽器界のスター・親指ピアノ(2)

左からマンゴーさん手作りの「リンバ」、ジンバブエの「ムビラ」

 

親指ピアノはアフリカ各地で古くから用いられてきた。しかし、たとえばタンザニアでは「リンバ」(大型はイリンバ、小型はチリンバ)、ジンバブエでは「ムビラ」、ウガンダでは「ルケメ」、コンゴでは「リケンベ」、ニジェールでは「ウボ」、ガンビアでは「コネ」、エチオピアでは「トム」といった具合に、その呼称は土地ごとに違い、形状も細部は異なる。

 

EW&Fが広めた民族楽器界のスター・親指ピアノ(3)EW&Fが広めた民族楽器界のスター・親指ピアノ(4)

左から日本で「カリンバ」として売られていた親指ピアノ、マラウイの「カリンバ」

 

500年近い歴史を持つ親指ピアノはオルゴールの起源!


18世紀にスイスで生まれたオルゴールは親指ピアノにヒントを得たものだと言われるが、ヨーロッパの文献の中にアフリカのこの種の楽器が初めて登場したのは16世紀末のこと。ポルトガル人旅行家ジョアン・ドス・サントスの著書で9本の弾き棒(キー)の付いた「アンビラ」なる楽器が紹介されたのだという。アンビラは、旧ポルトガル領のモザンビークでは現在も使用されている呼称であり、隣国ジンバブウェの「ムビラ」と同語だ。また、イエズス会士の学者フィリッポ・ボナンニの「調和の小部屋」(1723年に出版)では、「マリンバ・デ・カリフ」なる名称で親指ピアノが紹介されているという。つまり、少なくとも4~500年以上前からこの楽器はアフリカ各地で使われてきたわけだ。

親指ピアノの形状は地域ごとに細部の違いはあるが、木製の板や共鳴箱(直方体や丸型)の上に平たい弾き棒(キー)を複数本固定し、それらを指(主に親指)で弾いて音を出すという基本的な演奏法はどこも同じである。ムビラなど板状のものは、共鳴音を出すために半分に切った瓢箪などの中に入れて演奏する。また、共鳴箱に細かい金属片などをつけたり、瓢箪内部に蜘蛛の卵膜を張ったりしてノイズ(さわり音)を出すのもアフリカの楽器ならではの妙味だ。
元々は硬い木材(竹や、ヤシの葉の根元部分)が使用されていたというキーは、現在はほぼ金属製(自転車のスポークや傘の骨などを加工)になっている。そしてその数は特に決まっていない(少ないものでは5~6本、多いものだと数十本)が、長短をつけて山字型などに並べ、各地域特有の音階を弾きやすくなっている。

 

アフリカの親指ピアノシーンにも影響を与える日本人奏者のトップランカー・サカキマンゴー


さて、楽器の基本的な説明を終えたところで、ここからはサカキマンゴーさんに登場してもらおう。言うまでもなく、日本人の親指ピアノ奏者としてはおそらく最も有名な音楽家である。

 

鹿児島の板三味線「ゴッタン」を弾くサカキさん

鹿児島の板三味線「ゴッタン」を弾くマンゴーさん

 

マンゴーさんは1974年に鹿児島県の南端の頴娃(えい)町で生まれ、大阪外国語大学でスワヒリ語とアフリカ地域文化について学んでいた96年に初めて親指ピアノを知った。タンザニアの人間国宝的音楽家、故フクウェ・ザウォセ(Hukwe Ubi ZAWOSE 1935-2003。リンバだけでなく各種伝統楽器の名人)の演奏に打ちのめされ、単身ザウォセを訪ねて弟子入りしたのが99年。その後も何度かアフリカを訪れ、ジンバブウェやコンゴ、マラウイ、ウガンダなど各地で親指ピアノの調査・研究を重ねながら、演奏家として活躍してきた。05年のデビュー・アルバム『limba train』以下ソロやユニットでいくつもの作品を発表する傍ら、親指ピアノの作り方や演奏法などを解説した本『親指ピアノ道場!』(ヤマハミュージックメディア:https://www.ymm.co.jp/p/detail.php?code=GXS01084714)を出したりワークショップを開いたりして、愛好家/演奏者を増やし続けている。

▼SAKAKI MANGO / GURUGURU


「ザウォセさんのだいたいの住所を調べて、いきなり訪ねて行ったんです。レコードのライナーにバガモヨという彼の村の名前が書かれていたので、その村まで行って子供たちに訊き、家まで連れて行ってもらった。最初の滞在期間は3ヶ月ぐらい。近所に寝泊りする場所を借りて、先生の自宅に通った。彼のところには時々外国人が来るから、珍しいことじゃなかった。基本的には、ザウォセ先生の弟や長男に習い、時々ザウォセ先生本人にチェックしてもらうという形でした。僕はその前に2年間ぐらい独習していたので、自分で考えた手法を取り入れると、『俺以外の誰に習っているんだ!?』とよくしかられた。口伝の音楽なので、先生のスタイルが絶対的なんです。だから最終的には、フクウェ・ザウォセのスタイルをそのまま習得した感じですね」

しかし、マンゴーさんはザウォセの音楽をそのままなぞっているわけではない。音階やメロディなど様々な面で斬新なアイデアを繰り出し、親指ピアノを用いた独自の“ワールド・ミュージック”を探求してきた。生まれ故郷の薩摩弁(というか頴娃弁)を駆使した歌も彼にしか作れないものだ。その音作りにおいて特に際立った特徴は、時にサイケデリックな感覚もにじませた音響の立体感である。

 

サカキさん手作りのリンバ

タンザニアで売られているリンバ

 

「それに関しては、かなり自覚的にやっているんです。タンザニアで実感したのは、リンバは、遠くから聴こえてくる状態が一番気持ちいいということ。一音一音のはっきりした粒立ちよりも、音の塊、倍音が作る渦に惹かれる。3台ぐらいのリンバの音がマーブル状に絡まりあってできあがる、空間がゆがむようなサイケな音響がすごくて。生の音をそのまま聴かせるというよりは、現場にいる人間だけが体験できるトランシーな感覚を再生することを目指しているんです」

親指ピアノにピックアップ・マイクを取り付け、更に様々なエフェクターを駆使する彼の演奏は、現地でも驚きをもって受け止められ、逆に影響を与えているほどだ。

「アフリカでもピックアップ付き親指ピアノが増えている。インターホンの中に入っているピックアップを使っている人とかけっこういるし、『お前のピックアップを譲ってくれ』と言われることも多い。少なくともタンザニアでは、昔はピックアップ付きなんて見たことがなかった。なんとかして音をデカくしようという流れがあるんですね。それは、コノノ№1の影響とはまた違う気がする」

2004年の世界デビュー作『Congotronics』で一躍注目を集めたコンゴ民主共和国(旧ザイール)のバンド、コノノ№1は、ビョークやディアフーフなど欧米の先鋭的ミュージシャンたちにもショックを与えてきた。ピックアップ・マイクを付けてすさまじくノイジーなエレクトリック・サウンドを出す彼らのリケンベ(コンゴの親指ピアノ)は、70年代に彼らが独自に考案、手作りしたものだ。

▼Konono N°1 - "Lufuala Ndonga"


「僕は2012年には、頼まれて、ジンバブウェの首都ハラレで電化ムビラのワークショップをやったこともありました。つまり、ピックアップやエフェクターのことを教えてほしいわけです。あと、アフリカ各地、自分の国の親指ピアノしか知らないのが普通だから、僕があちこちで録画してきたいろんな親指ピアノの映像を興味津々で観ている。そういう外の情報は、アフリカ内で開催される国際的な音楽祭に行った人しか触れられないわけで。僕は、アフリカ各地の親指ピアノを紹介しながら、それを僕がどのように電化し、また電化によってどのような演奏が可能になったかということについて説明しました。親指ピアノの本場で日本人がワークショップをやるって、どうなんだろうかとも思ったんですが……(笑)。『この電化システムはどこで買えるんだ』『こんなリズムは聴いたことがない』など、けっこう大反響でした」

ところで、アフリカ各地に同類のものが多数あるこの親指ピアノの発祥の地はどのあたりなのだろうか。

「少なくともタンザニアのリンバに関しては、コンゴのリケンベがルーツだというのが通説になっていますね。内陸部からタンザニアを通って大陸東の海岸まで行く交易ルートが古くからあったんですが、そのルート沿いに同類の楽器がいろいろある。ただ、コンゴとタンザニアの間にはタンガニーカ湖やヴィクトリア湖などの湖があり、名前まではちゃんと流通しなかったんじゃないかな。とりあえず楽器だけが東方に伝わり、それを見たタンザニアの人たちが、『これってリンバじゃないの?』と。リンバは、タンザニアでは元々、木琴のことなんです。ギターを初めてみた日本人が西洋三味線と言ったかもしれない、それと同じで。あとコンゴあたりから、ザンビア~ジンバブウェなど南に伝わったものがムビラと呼ばれるようになったんだと思う。ムビラの台座が共鳴箱ではなく板なのは、熱帯アフリカと違い材木が少なかったからなんじゃないかな」

様々な親指ピアノがある中、マンゴーさんはやはりリンバに一番愛着があるのだろうか。

「まあ、そうだけど……ムビラは使いでがある、というか、やりやすいです。キーを2段に並べ、ベイス・ラインを作りつつコード感もいっぺんに出せるようになっている。ムビラ人口が一番多いのは、そういう高い機能性とも関係していると思う」

 

「簡単な曲なら、1ヶ月ぐらいである程度は弾けるようになる」


ちなみに筆者と親指ピアノの最初の出会いも、1970年代前半に米ノンサッチ・レーベルから出た『ショナ族のムビラ』なるアルバムだ。

 

『ショナ族のムビラ』

 

ジンバブエのムビラ奏者は、他国の親指ピアノ奏者たちに比べ、活動形態も多様である。

「そうですね。トーマス・マプフーモなどが早くからバンド・スタイルでやったり、その延長で、チウォニーソ・マライレのようにR&Bぽくやってみたり。ハラレのカフェではポエトリー・リーディングと組み合わせたパフォーマンスも観ました。アマチュアも含め、親指ピアノ演奏者の人口が一番多いのがジンバブエだと思う。タンザニアだと、観光客が泊まるホテルのショーとして民族衣装を着た人たちがやる、みたいな場合が多いし」

▼THOMAS MAPFUMO-CHAMUNORWA ORIGINAL LIVE 2013- WASHINGTON KAVHAI


マンゴーさんが演奏し始めてから20年以上が経ったが、この間、日本でも親指ピアノをやる人がずいぶん増えている。

「特にムビラは多いですね。ジンバブウェに行って修業してきた人が、楽器を売りつつワークショップもやるという事例がけっこうあるし。名人として名高いガリカイ・ティリコティに教わったスミ・マズィタテグルさんとか。アメリカでもムビラを教えている人は多い。ただし、欧米でムビラをやっている人の多くにとっては、“ムビラ以外は全部カリンバ”という扱いになりがちなのがちょっと残念ですけどね」

最後に、初心者へのメッセージを。

「簡単な曲なら、1ヶ月ぐらいである程度は弾けるようになります。まず、曲というよりは、いくつかのパターンを憶えるんです。後はそれを即興的に組み合わせる。シンプルなパターン一つだけだったら、初日でできるようになるし。尺八のように、一音出すのに長い時間がかかるような楽器じゃないし。とりあえずキーを指で弾けば音は出る(笑)。この楽器の場合、伝統芸能のような権威主義的なことも皆無だし。」

 

サカキマンゴー

 


<Profile>
サカキマンゴー

アフリカの楽器・親指ピアノと南九州の板三味線・ゴッタンの演奏家。大学ではスワヒリ語を専攻、アフリカ各地で音楽修行を積みながらも、伝統楽器を独自に電気化して無二の世界を切り開く。その活動は仏AFPや英BBCなどでも紹介された。ゴッタンや鹿児島弁での曲作りにも取り組み、世界各地で公演している。
NHK「妄想ニホン料理」やMBC「てゲてゲ」でテーマ曲を担当。現在はNHK WORLD「MARIMBA YA KIJAPANI」(東アフリカ地域に向けたスワヒリ語の短波ラジオ放送)にレギュラー出演中。著書に『親指ピアノ道場! アフリカの小さな楽器でひまつぶし』(ヤマハミュージックメディア)。6月9日に久々のニュー・アルバム『ビンテ・クライ・ベイビー』(オルターポップ)をリリース。
 


http://sakakimango.com/

 


 

Text & Photo:松山晋也