ユッコ・ミラー インタビュー「すごく幅広いし、それが面白いし、まったく飽きないアルバムになりました」

YouTubeのチャンネル登録者は21万人超。ピンクヘアをトレードマークに、そのルックスからは想像できないパワフルな演奏で魅了するジャズサックスプレイヤーのユッコ・ミラーが、6枚目のアルバム『Ambivalent』をリリース。“相反する”という意味を持つ本作には、これまでのアルバムに紐づいていた“テーマ性”を一切排除し、やりたいこと、やりたい音楽をすべて詰め込んだ色彩豊かな作品に仕上がっている。
背徳感とスリルを曲にしたかったんです
――まずはタイトル『Ambivalent』に込めた思いをお聞かせください。
ユッコ:今の私をアルバムにしたら“アンビバレントになっちゃった”という感じです(笑)。しっとりとした曲や激しい曲、ポップな曲もあって統一性がないのですが、それを一言で表すと相反するものが混合しているので アンビバレント”になりました。
――シティポップがテーマの前作(『City Cruisin'』)はジャケット写真もそういう雰囲気で、必ずサックスを持っていましたよね。サックスを手に持っていないジャケ写は初じゃないですか?
ユッコ:そうですね。いつもはもっとメイクも濃いのですが、今回は自分のやりたいことをそのまま出したアルバムなのでナチュラルです。“等身大の私を見て”という想いを出したくて、サックスも持たずにアクセサリーもつけずに、着飾っていない感じを出したかったんです。
――制作にまつわる印象的なエピソードを教えてください。
ユッコ:今回はオリジナル曲が6曲あって、アルバムのために作った曲もあれば、書き溜めていた曲もありますが、今作のオリジナル曲はアレンジもすべて自分で行いました。今まではメロディとコードだけを作ってアレンジをお任せすることもありましたが、細かいところまで初めて自分で決めたんです。
――自らアレンジまで行ったのは何か理由があったんですか?
ユッコ:頭の中に音が鳴っていて、そうじゃないことをやりたくなかったんです。“自分の中に浮かんだ音をそのままやりたい”と事細かなイメージが出てきました。曲目で言うと1曲目の「Stormy Night」が一番自分の中でこだわりましたね。
――初めてそういう感覚になったとは、ユッコさんの中でどのような変化があったのでしょう。
ユッコ:どういう変化はあったんでしょうね(笑)。でも、なぜかは曲を作っている段階から“絶対にこうしたい”という気持ちがあったんですよね。
――アルバムの中でもこだわり抜いた「Stormy Night」について教えてください。
ユッコ:してはいけないことをしてしまう、人間の背徳感とスリルを曲にしたかったんです。私、背徳感やスリルを描いたドラマを見るのが好きで、それを楽曲として描きたいと思ってドラマのストーリーのように作っていきました。
――映像があってそれを曲に落とし込む感じですか?
ユッコ:映像というよりも人の感情の変化ですね。
――そういうテーマがあった上で、アレンジの中では具体的にどんな点にこだわりましたか?
ユッコ:バンド全体でユニゾンのキメがあるのですが、それも頭の中でめちゃイメージが湧いてきて。“ここはこういうキメで、こういうリズムで”と細かいイメージをみんなに伝えつつ、あとは“とにかく情熱的に”とお願いしました。
――“背徳感とスリル”というテーマをみんなに伝えたわけですね。
ユッコ:実は伝えてないです(笑)。
――伝えていないんですか(笑)。
ユッコ:ライブで演奏した時に、MCで“この曲はこういう曲です”と話したら“そういう曲だったんだ!”みたいな(笑)。聴きどころは、メンバーそれぞれの情熱的なソロです。あとはイントロの静かなメロディから少しずつ激しくなる、その変化を楽しんでもらいたいですね。
欲にまみれているので、思っていることを全部歌詞にしました(笑)
――5曲目の「Morning Breeze」も同じくリード曲です。こちらは『MBSお天気部』秋のテーマ曲のために書き下ろした曲ですが、どのようなイメージで?
ユッコ:天気予報なので、朝のそよ風みたいな、とにかく爽やかな曲にしたいなと思って。実は最近、朝活をしていて(笑)。もともとは夜型人間だったんですけど、朝早く起きてみたらすごく朝の時間が充実するようになって。午後の時間帯よりも、午前中のほうが時間の密度が4倍ぐらいあるらしいんです。だから例えば作曲も夜のほうがいいと思っていたんですけど、朝のほうが集中できるというか。そういう思いを込めて「Morning Breeze」にしました。
――ふと朝型人間になろうと思ったんですか?
ユッコ:はい。嫌なことがあっても、“とりあえず早く寝て忘れちゃえ”と思えば朝早く起きられるじゃないですか(笑)。
――制作はいかがでしたか?
ユッコ:騒がしい音楽だとBGMにならないというか、お天気を伝えている時に音楽が気になってしまうので、爽やかで耳心地がいい曲を目指しました。だから、朝とか1日の始まりに聴いてもらいたいです。
――そして、サブリード曲が「可愛くてごめん」。こちらはHoneyWorksのカバー曲ですね。
ユッコ:TikTokでもバズっていて、曲はかわいいんですけど歌詞がどぎつい(笑)。そのギャップも面白いし、高校生もみんな知っていますから、それをサックスでやりたいと思いました。最初に聴いた時は、歌詞やタイトルも衝撃的だったんです。
――原曲をサックスに落とし込む過程はいかがでしたか?
ユッコ:ポップなメロディで、アレンジ自体はそんなに変えていないのですが、アドリブパートでは“可愛くない”アドリブで女性同士の喧嘩を表現しました(笑)。
――もともとある曲をサックスにするにあたって、難しさはどんなところでしょうか?
ユッコ:「可愛くてごめん」はそんなに難しくはなかったです。逆にアドリブをどうしようか悩みました。かわいい曲だから、かわいい感じでアドリブをしたほうがいいのかなと思ってやってみたら何か違うなって。レコーディングの時にバンドメンバーから“激しい感じでやったらいいんじゃない?”と提案をいただいてやってみたら面白かったので採用しました。
――そのアドリブがこの曲のフックにもなっていますよね。
ユッコ:あと、「可愛くてごめん」はトランペット、トロンボーン、アルトサックスという3管のブラスセクションで、アドリブパートは私がバリトンサックスとアルトサックスの両方を吹いています。まさにバリトンサックスとアルトサックスの喧嘩で、いろいろな楽器の音が聴けるので聴きどころですね。
――他にもオリジナル曲がたくさんあります。ユッコさんが歌われている「Melted Cheese」はいかがですか?
ユッコ:初めて英語で作詞した曲です。“英語で歌詞を書くのは難しいのかな”と思っていたんですけど、わりとサクッと作れました(笑)。ちょっと前から英会話レッスンに通っているので、英語で書きたいなと思って。英会話の先生に“間違っていないですか?”と聞いて、手直しを繰り返してできた曲です。
――歌詞がかわいいですよね。クレープ食べたいしイチゴも食べたい。ストレートで欲望的というか。
ユッコ:嬉しい。ちょっとオシャレだけど、懐かしい香りがする曲を作りたいなと思ったんです。欲にまみれているので、思っていることを全部歌詞にしました(笑)。
――そのギャップがいいですよね。
ユッコ:嘘をつけないので、歌詞も“ありのまま”って感じです(笑)。
――歌唱面では?
ユッコ:右から左にサラッと流れていくような歌にしたかったんです。私は声量がないから歌い上げるのは無理だし、個人的にそう歌いたい願望もなくて風のように歌いたいんです。
――楽曲のノスタルジーな雰囲気と、声と歌い方が合っていますよね。
ユッコ:曲作りの時から、自分の声質とかも想定して作っていたかもしれないですね。
――発音も素晴らしくて。
ユッコ:いえいえ(笑)。4月にロサンゼルスへ行ったのですが、それに向けて集中的に頑張ったんです。英会話に通ったりオンラインレッスンを受けたり、その甲斐もあって上達したのかもしれないですね。
――オリジナル曲で言うと6曲目「事実は小説よりも奇なり」はムーディな楽曲です。
ユッコ:この言葉が好きなんです。英国の詩人、バイロンの『ドン・ジュアン』にある言葉ですが、本当にそうだなと思っていて。私は作られたものが苦手で、例えばテーマパークよりもバンジージャンプのほうが好きなんです。自分の体感する危険は“事実”じゃないですか(笑)。
――ユッコさんの気持ちとリンクしている言葉なんですね。
ユッコ:そうなんです。それを曲にしたら怪しい感じになっちゃった(笑)。これもやはりイメージが先行して、アレンジなどは細かく決めずにメロディとコードだけを考えて、あとはメンバーに“「事実は小説よりも奇なり」の感じで”とお願いしました(笑)。
――すごいオーダーですね(笑)。
ユッコ:はい。ドラムも“それだったらスティックじゃなくてブラシがいいな”みたいな(笑)。けっこう前のアルバムからずっとお世話になっているメンバーなので、いろいろと汲み取ってくれます。
私のサックスと歌はどちらかと言うと正反対
――オリジナル曲「やさしいかぜ」もユッコさん自身が歌っています。
ユッコ:そうなんです。歌詞は失恋のように見えると思いますが、そうではなくて、2021年に亡くなったドラマーの村上“ポンタ”秀一さんを想って作った曲です。本当にすごい方で、ツアーをずっと一緒に回らせていただいていたのですが、ツアーを回っているとご飯も一緒に食べるし、まるで家族のようになっていくんです。生前から“ユッコは孫みたいにかわいいな”とすごくかわいがってくださって、お祖父ちゃんのような存在でした。亡くなってから作ったのがこの曲なので、恋愛っぽく感じるかもしれませんが、亡くなった人に対する悲しみを綴った歌詞です。
――確かに一見すると失恋のような歌詞ですね。
ユッコ:でも実は違う。シリアスな感じにはしたくなくて、ふわっと温かくしたかった。人が聴いた時に共感できる歌詞にしたかったんです。
――あまりアップダウンがない歌い方が逆に染みるというか。
ユッコ:ただ単にこの歌詞と曲の温もりを伝えたいだけで、それがサックスでは伝わらないから歌ったんです。サックスだと歌詞を届けることできないので。あと、私のサックスと歌はどちらかと言うと正反対というか。ワーッと迫力でいくと伝わらないし、素朴な感じでやりたかったんです。
――もう1曲のオリジナル曲は「Hachi」です。
ユッコ:名古屋にあるSTAR EYESというジャズの老舗ライブハウスがあるのですが、そこで少し前からHachiという秋田犬を飼っていて。まだ2歳ぐらいなんですけど懐いていて、めっちゃ顔を舐めてくるんです。すごく大きいけど吠えなくて、人懐っこくて、かわいいからHachiの曲を作っちゃいました(笑)。
――Hachiから連想されるイメージで作ったんですね。
ユッコ:そうですね。渡辺貞夫さんの「California Shower」という曲が好きで、そのイメージもあって作っていきました。ハッピーで温かい、みんなで楽しめる曲にしたいなと。
――カバー曲もありますが、その中でも特筆すべき曲があれば教えてください。
ユッコ:「KICK BACK」はジャズアレンジになっていて、これもトロンボーンとトランペットとサックスというブラスセクションですが、原曲とはまた全然違うアレンジも聴きどころですね。
――8曲目「Just the Two of Us」もカバー曲ですが、ユッコさんが歌っています。
ユッコ:この曲はもともとデビュー前からライブで吹いていたのですが、ずっと歌ってみたいと思っていました。それこそポンタさんともライブで演奏してきて、すごく大好きな曲なんです。でも、原曲のアレンジだと私の声には合わない感じがして、爽やかなボサノヴァアレンジにしてサラッと歌いました。
――タイトル通りいろいろな曲が入っていますし、曲順を決めるのも難しそうですね。
ユッコ:バンドメンバーも“曲順を決めるの難しいんじゃない?”と話していて、曲順は私が決めたのですがサクッと決まりました(笑)。 “この次にこれを聴きたいな。この後にこれだな”みたいな。
――プレイリストを作る感覚でしょうか。
ユッコ:そうですね。わりと3曲目ぐらいまで同じくらいのテンポなんですよ。なのでDJになった気分ですね(笑)。1曲1曲の雰囲気は違うんですけど、テンポ感は変わらずに曲調だけが変わっていくのがちょっとオシャレかなと。
――今作『Ambivalent』はユッコさんにとってどんな作品になりましたか?
ユッコ:毎回そうですが、“今作が一番いいな”と思っていて。今回は特にコンセプトを決めて作ったアルバムではないので、今自分がやりたいことをまとめたらこうなったのですが、それが逆に良かったなと思います。すごく幅広いし、それが面白いし、まったく飽きないアルバムになりました。
――そして、11月からはツアー『ユッコ・ミラー6thアルバム「Ambivalent」リリースライブ』があります。
ユッコ:“こんなに公演数の多いツアーをしたことあったっけ?”というくらい公演数があるんですよ(笑)。北海道から九州まで行くし、おそらくアルバム曲も全部やるので、聴いている人にも楽しんでもらえるように私たちも全力で届けたいと思います。
【プロフィール】
ユッコ・ミラー
Saxophonist / Composer / Arranger
三重県伊勢市出身。 2016年9月キングレコードよりメジャーデビューし、テレビや雑誌を賑わす実力派のサックス奏者。 3歳よりピアノを始め、高校で吹奏楽部に所属しアルトサックスを始める。 在学中よりパリ・ウィーン等、海外演奏旅行、数々のコンテストにてグランプリ等受賞。 河田健氏、川嶋哲郎氏、エリック・マリエンサル氏に師事。 キャンディー・ダルファー本人から演奏を気に入られ、キャンディー・ダルファー来日公演に異例のスペシャルゲスト として出演。 グレン・ミラー・オーケストラのジャパンツアーにスペシャルゲストとして出演を果たすなど国内外で活躍するトップ ミュージシャンと多数共演。 韓国やマレーシアなどの海外でのジャズフェスティバルにも出演するなど、世界的に高い評価を得ている。 2016年にリリースした1stアルバム「YUCCO MILLER」は、グラミー賞受賞アーティストのロニー・プラキシコが サウンドプロデュースを務め、ニューヨークにて録音。 2018年にリリースした2ndアルバム「SAXONIC」は、JAZZ JAPAN AWARD 2018 アルバム・オブ・ザ・イヤー (ニュースター部門賞)を受賞。ピコ太郎のプロデューサーとしてもお馴染みの古坂大魔王とのコラボ曲も収録 2019年にリリースした3rdアルバム「Kind of Pink」は、グラミー賞を3度受賞したデビッド・マシューズがアレンジ とピアノで参加。 2021年にリリースした4thアルバム「Colorful Drops」では、サックス以外に初のボーカルとしても参加している。 地上波人気テレビ番組への出演、テレビCMミュージックの作曲・演奏、アパレルブランドのPVに主演モデルと しても出演するなど多方面で活躍している。 2018年からはYouTuberとしての活動も展開し、現在ユッコ・ミラー公式YouTubeチャンネルのチャンネル 登録者は20万人を超え、総再生回数は4000万再生回数を突破。(2022年11月時点) 自身のブログの一日の最高アクセス数が40万アクセスに達し、Ameba芸能人・有名人ブログの人気ランキン グにて第1位を獲得、また、JazzPage人気投票サックス部門で第1位を獲得、「楽器店大賞2021」のサックス 部門で大賞を受賞するなど、インストゥルメンタルアーティストとして類希な人気を集めている。
Official Web Site:https://www.yuccosax.com/
YouTube:https://www.youtube.com/user/la000eclair
【リリース情報】


『Ambivalent』
2023年11月1日 Release
KICJ-867 3,300円(税込)
キングレコード
商品詳細:https://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKICJ-867/
Interview & Text:溝口元海
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