第二十八回 R.シュトラウスとミュンヘンのビール「ハッカー・プショール 」【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】

 

音楽を気軽に楽しんでいただくため、毎回オススメの曲とそれに合わせたお酒をご紹介する連載【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】。第二十八回のオススメの曲は、リヒャルト・シュトラウスの《ばらの騎士》作品59、お酒は「ハッカー・プショール」についてお送りします。

1863年、ミュンヘンの宮廷歌劇場のホルン奏者だったフランツ・ヨーゼフ・シュトラウス(1822-1905)は、ヨゼフィーネ・プショル(1837-1910)と結婚します。彼は、前妻ともその間にもうけた二人の子どもとも死別していました。翌1864年、今回のコラムの主人公リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)が誕生します。

妻の実家プショル家は、今でも「ハッカー・プショール」のブランド名で知られる、ミュンヘンを代表するビールの醸造所を営むブルジョワでした。ハッカー醸造所は1417年創業の名門であり、1793年にハッカー家の娘婿が独立したのがプショル醸造所で、その後に統合したのが「ハッカー・プショール」というわけです。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(1)

 

さて、幼いリヒャルトは、父親からモーツァルト、ハイドン、ベートーヴェンといった古典派音楽の英才教育を受けて育ちます。後に若いシュトラウスは、偶然にも同じファースト・ネームをもつワーグナーの音楽にも傾倒しますが(父フランツ・ヨーゼフはワーグナーはじめ同時代の新しい音楽には否定的でした。しかし、歌劇場の団員としてワーグナー作品の初演を見事なソロで務めるなど、ワーグナーとはお互いに職業上、認め合っていたようです)、これは終生、彼の音楽に影響を与え続けました。

1911年に初演された《ばらの騎士》作品59もそのひとつ。モーツァルトの《フィガロの結婚》からの影響はよく指摘されます。ちなみに、スコアの表紙には“Meinen lieben Vervwandten, der Familie Pschorr in München”(私の愛する親族、ミュンヘンのプショル家へ)と記され、幼い時お世話になったプショル家へのシュトラウスのノスタルジックな想いが込められているかのようです。《ばらの騎士》という作品自体も懐古趣味的なもので、舞台はマリア・テレジアの治世下(1740-80年)のウィーン。ハプスブルク帝国の絶頂期であり、衰退の始まりでもあった時代です。

原作の劇作家のフーゴー・フォン・ホフマンスタールとシュトラウスが組んだのは1909年初演の《エレクトラ》(元になった劇は1903年に上演されており、シュトラウスも観劇している)が最初です。《エレクトラ》では巨大編成のオーケストラで、複調と呼ばれる同時に異なる調の和音が奏され、不協和音が鳴り響く現代音楽的手法が多用されているのに対して《ばらの騎士》は甘くうっとりさせるようなメロディ、時には過剰なほどに装飾的でこってりとした旋律の組み合わせが特色といえるでしょう。

この親しみやすさが、当時の聴衆に喜ばれ、オペラを観に行くための特別列車が運行されるほどの大成功を収めました。今日でも大変な人気演目であり続けています。

主な登場人物は、元帥夫人マリー・テレーズ(ソプラノ)、若い貴族のオクタヴィアン(メゾ・ソプラノが男装して歌う「ズボン役」)、元帥夫人の従兄弟にあたるオックス男爵(バス)、富裕な商人で最近叙爵されたファニナル(バリトン)、その娘でオックス男爵に求婚されているゾフィー(ソプラノ)です。

 

 

~今月の一曲~


リヒャルト・シュトラウス:《ばらの騎士》作品59

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(2)

 

<第一幕>元帥夫人の寝室

元帥夫人は夫の留守中にオクタヴィアンと逢瀬を重ねていますが、そこへオックス男爵が求婚のための使者となる騎士を探している、とやってきます。とっさにオクタヴィアンは小間使いの格好をしてその場を逃れようとしますが、好色な男爵に言い寄られます。元帥夫人は悪戯でオクタヴィアンを使者として推薦します。

<第二幕>ファニナル邸広間

後日、求婚の証となる銀のばらを携えてゾフィーの元を訪れるオクタヴィアン。二人は一目惚れしてしまいます。そこへファニナルとオックス男爵が現れ、一悶着起きます。オクタヴィアンに刺されるオックス男爵ですが、ワインを飲んで機嫌を直します。そこへ小間使いから届いた一通の手紙。実は男爵を嵌めようとするオクタヴィアンの計略でした。

<第三幕>いかがわしい居酒屋

オックス男爵が、オクタヴィアンの変装である小間使いに言い寄っていると、突如、女が男爵は私の夫だといって大勢の子どもを連れて現れます。驚く男爵に、今度は警察まで登場し、問い詰められます。そこへゾフィーも現れ大混乱。そんな中へ、元帥夫人がさっそうと登場し、これはおふざけだと言って警察を引き取らせます。男爵も退場し、残るは元帥夫人とオクタヴィアンとゾフィーのみ。三者三様に自らの気持ちを歌い始めます。

オクタヴィアンはゾフィーに一目惚れしていますが、元帥夫人にも未練があり、ゾフィーは男爵ではなくオクタヴィアンに恋心を寄せるものの、オクタヴィアンには元帥夫人という愛人がいることを知って傷付きます。そこで、元帥夫人が若い二人のために身を引くことで決着を図るというのが大まかなストーリーです。

このような、男女間の色恋沙汰を描いた物語が、黄昏のハプスブルク帝国を背景に繰り広げられますが、シュトラウスが生きた時代のヨーロッパはさらに激動の時代だったといえるでしょう。19世紀後半には民族主義の台頭によってオーストリア=ハンガリー帝国の足元が崩れ始めます。1914年、オーストリア皇太子が暗殺されたのをきっかけにセルビアへと宣戦布告し、第1次世界大戦へと発展。当然、ドイツも無傷ではありませんでした。帝政ロシアが倒され、バイエルン王国も滅亡します。この作品が書かれたのは、そのような時でした。

さて、最後に皆さんにシュトラウスとも縁の深い「ハッカー・プショール」のビールをお勧めしたいところですが、日本では入手困難!
しかし、朗報があります。2023年7月7日~17日まで開催される『日比谷オクトーバーフェスト2023 〜SUMMER〜』で「ハッカー・プショール」のビールをはじめ、12メーカーのビールが味わえるとのこと。


『日比谷オクトーバーフェスト2023 〜SUMMER〜』 
https://www.oktober-fest.jp/hibiya/index.html

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(3)

 

本場ドイツの『オクトーバーフェスト』の公式バンド、Die Kirchdorfer(ディー・キルヒドルファー)の演奏もあわせてお楽しみください。​​​​​​​

 

 

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Text:野津如弘

 

参考文献 

・『リヒャルト・シュトラウス』 

岡田暁生 著 
音楽之友社(2014) 

・『リヒャルト・シュトラウスの「実像」−書簡、証言でつづる作曲家の素顔』 

日本リヒャルト・シュトラウス協会 編 
音楽之友社(2000) 

 

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