第三十六回 静岡の酒【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】
音楽を気軽に楽しんでいただくため、毎回オススメの曲とそれに合わせたお酒をご紹介する連載【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】。第三十六回は「静岡の酒」についてお送りします。
今年も無事、常葉大学短期大学部音楽科ウインド・オーケストラの定期演奏会が終了しました。今年は古典的名作をメインに、オーディションで選ばれた4名の学生たちと協奏曲で共演するという多彩なプログラムで、曲目は次のとおりです。
【オープニング】
W.ウォルトン(デュソイト 編曲):戴冠行進曲《王冠》
作曲者のウィリアム・ウォルトン(1902-1983)はイギリスのマンチェスター近郊オールダムで生まれました。晩年のドキュメンタリーで、彼はオールダムを「綿紡績」「ブラスバンド」の町だったと述懐しています。父チャールズは教会のオルガニストと合唱指揮者、母マリアは優れたアマチュアの歌手だったようです。歌の才能に恵まれた彼は、オックスフォードの聖歌隊学校で学んだあと、オックスフォード大学クライスト・チャーチ校に入学します。ほぼ独学で作曲を学んだウォルトンは《ヴィオラ協奏曲》(1929)と《ベルシャザールの饗宴》(1931)で作曲家としての地位を確立しました。映画音楽も多数手がけ、とりわけ名優ローレンス・オリヴィエと組んだシェイクスピア作品が知られています。《王冠》は1937年にジョージ6世の戴冠式のために書かれた高貴さを感じさせる行進曲です。
【協奏曲】
<東部公演>
C.サン=サーンス(ブラーク 編曲):ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 作品22より 第1楽章
中川英二郎:バストロンボーンと吹奏楽のための《トライセンス》
<静岡公演>
E.グリーグ(宍倉 晃 編曲):ピアノ協奏曲 イ短調 作品16より 第1楽章
八木澤教司:バス・クラリネット小協奏曲
今年度はピアノ協奏曲が2曲登場しました。吹奏楽バックのピアノ協奏曲というのはタイミングやバランスに大変気を使うのですが、ソリストをつとめた学生との綿密なリハーサルのおかげで、本番では息の合ったアンサンブルをお聴かせできたのではないかと思います。
フランスの作曲家サン=サーンス(1835-1921)はオルガニスト、ピアニスト、指揮者としても活躍。《動物の謝肉祭》(1886)や交響曲第3番《オルガン付き》(1886)が広く知られています。ピアノ協奏曲第2番は1868年の作品。作曲者自身のソロで初演されました。比較的長い古風なピアノのカデンツァから始まり、ドラマチックな面と抒情的な面を持ち合わせています。
エドヴァルド・グリーグ(1843-1907)はノルウェーの作曲家。ピアノ協奏曲(1868 ※改訂多数)は劇音楽《ペール・ギュント》(1875 ※改訂多数)の音楽と同じくらい有名ですね。冒頭のティンパニのクレッシェンドに導かれてオーケストラのトゥッティ、そしてピアノ・ソロが登場するのですが、このタイミングが演奏する側からすると第一の難所です。
中川英二郎(1975-)は、日本を代表するトロンボーン奏者。スタジオ・ミュージシャンとして多くのレコーディングに参加するほか、オーケストラとの共演も多く、ジャンルを超えた活躍をしています。《トライセンス》(2008)は「Tri=3つ」の「Sense=感覚」を繋ぎ合わせた造語で「ジャズのようでクラシック、クラシックのようでジャズ」のような作曲者にしか書けない作品となっています。
八木澤教司(1975-)は、数多くの吹奏楽作品が人気の作曲家。バス・クラリネット小協奏曲は僕の常葉短大の同僚でバスクラリネットの名手・井上幸子からの委嘱で誕生しました。「はてしない空」「希望に向かう力」をテーマに作られ、2023年1月に常葉大学附属橘高等学校吹奏楽部(指揮・塩澤文男)の演奏で初演されました。今回のソリストは彼女の弟子。師匠に劣らぬ熱演でした。
後半は、アメリカの作曲家ロバート・ジェイガー(1939-)による二作品。
まずは《シンフォニア・ノビリッシマ》。妻となる女性に捧げられた作品で、勢いのある速い部分は時に恋に浮かれたような表情を見せ、じっくりと愛を語らうかのようなゆったりとした中間部の対比が印象的です。ジェイガーが東京佼成ウインドオーケストラを指揮しに来日した際、リハーサルで指揮台の隣に椅子を置かせ、そこに夫人を座らせて《シンフォニア・ノビリッシマ》を演奏したとか。ちなみに自作自演の録音を聴くと中間部はかなりたっぷりとしています。
メインは《吹奏楽のための交響曲第1番》(1963)。アメリカ吹奏楽指導者協会によって与えられる「オストウォルド賞」を受賞。
第1楽章:アンダンテ・エスプレッシーヴォ〜アレグロ〜アンダンテ
第2楽章:アラ・マルチア(行進曲風に)
第3楽章:ラルゴ・エスプレッシーヴォ
第4楽章:アレグロ・コン・フォーコ〜アンダンテ〜アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ
の4楽章で構成され、曲の冒頭の4音のモティーフが楽曲全体を貫き、一体感をもたらしています。展開は「暗(短調)から明(長調)へ」というベートーヴェンの運命スタイル。個人的には、第3楽章の歌心あふれる場面に《シンフォニア・ノビリッシマ》でも見られたジェイガーらしさが色濃く出ており、好きです。作曲家によるテンポ指定は♩=40と極めて遅く、これを遅く感じさせないように表現するところに演奏者の力量が問われているように思います。
さて、今回もリハーサルと本番のために合計1週間ほど静岡に滞在しました。よく訪れる店のうち、一軒で飲んだお酒を今回はご紹介します。
~今月の一本~
萩錦
静岡駅から石田街道をしばらく南へ下ると左手に登呂遺跡が見えてきます。もうすぐ行くと駿河湾となりますが、そのちょっと手前を右へ行った辺りに萩錦酒造はあります。敷地内には安倍川の伏流水が湧き出ており、その良質の軟水を用いて醸された萩錦は、まさに静岡ならではの酒といえるでしょう。静岡駅至近の老舗酒場に来ると、いつもこの萩錦をぬる燗で頼みます。つまみは四季折々。冬場には静岡おでんは外せません。黒い出汁は初めて見た時は衝撃でした。青のり・ダシ粉をかけて食べるのが静岡流。
Text&Photo:野津如弘