【日本温泉うた紀行】~指揮者・野津如弘と巡る名湯 民謡や温泉小唄の世界~ 第二回「〽お湯はとろろん とんとろり とろけるような濃厚硫黄泉を求めて北海道・登別温泉へ」


人はお湯に浸かるとつい歌いたくなるもの。
本連載では、日本各地の温泉地で生まれた「うた」の世界をご紹介する。
第二回目は北海道・登別温泉の名湯と小唄についてお送りします。

登別は、アイヌ語の「ヌプルペッ」(色の濃い川)に漢字を当てたのが由来である。登別名物となっている地獄谷のさらに奥には「ポロユ(大きい温泉)=大湯沼」があり「ポンユ(小さい温泉)=地獄谷」と謂わば親子のような関係となっている。そこから湧き出でる湯が流れ込む川は白濁して「ヌプルペッ」と呼ばれた。登別温泉は「ペンケユ(上の温泉)=カルルス温泉」に対して「パンケユ(下の温泉)」と呼ばれていた。

 

日本温泉うた紀行_02

 

札幌で用事を済ませ、バスで登別温泉へと向かった。登別東インターを降りると巨大な赤鬼像が出迎えてくれる。足元には「歓迎 ようこそ登別へ」というパネルもあるのだが、高さ18mの立像は憤怒の形相でこちらを睨み、果たして歓迎されているのか微妙な気分になるほどの迫力である。温泉へと向かう道は登り坂となり、しばらくするとクスリサンベツ川と合流し蛇行し始める。ちょうど紅葉谷を越えた辺りで、 

 

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〽︎のぼる湯けむり 登別

というフレーズが印象的な小粋な唄が車内に流れ出した。

 

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作詞・新北秋、作曲・大村能章の《登別温泉小唄》である。歌詞は四番まであり、霧と湯煙そして日和山の白煙に霞んで見える景色をしっとりと歌っており、味わい深い。
 

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一、ハアー

  名どこ湯どころ 可愛かわいの花が
  濡れて 咲きます
  咲いて色ます なさけどこ
   〽︎お湯はとろろん とんとろり
    のぼる湯けむり 登別(以下くり返し)

二、ハアー

  山は朝霧 谷間は狭霧さぎり
  さと温泉いでゆ
  いつも湯の香の 霧が立つ

三、ハアー

  地獄谷にも はかない恋の
  浮名立つとは
  つつじ咲くとは しおらしや

四、ハアー

  紅葉映もみじばえした 湯の川元かわもと
  煙噴きます
  海も見えます 日和山

 

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登別には他にも《登別地獄ばやし》という『登別地獄まつり』で踊られる曲もある。

 

日本温泉うた紀行_02

 

昭和39年9月4日に第一回『登別地獄まつり』が開催されるのにあわせ《鬼おどり》という曲が作られたのだが、温泉街の坂道で踊るには難があったようで、第五回からは《登別地獄ばやし》で踊られている。《鬼おどり》の作詞・作曲は三木トリロー、歌は朝丘雪路、振付は花柳徳兵衛という豪華メンバーで、リオのカーニバルを意識したラテン調の曲だったそうだ。

《登別地獄ばやし》の作詞は松元幹二、作曲は桑山真弓、振付は花柳秀緒。鬼や地獄谷、剣ヶ峰、四方嶺、日和山、クッタラ湖に紅葉谷といった当地の名物・景勝地を詠み込んで、親しみやすくノリの良い唄である。

 

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一、地獄谷から わき出すゆげに
  のってうかれて(ソレ)鬼が出た
  ドドント ドドント 鬼が出た(コリャ)
 ※うたえ はやせよ 地獄のまつり
  ちょうしそろえて ちょうしそろえてひと踊り
  ハア ドッコイ ドッコイ ドッコイ ドッコイ

二、夫婦めおと岩さえ けむりにかくれ
  恋の花咲く(ソレ)剣ヶ峰
  ドドント ドドント剣ヶ峰(コリャ)
   (※以下くり返し)

三、あなた鬼でも わたしは好きよ
  人目しのんで(ソレ)四方嶺しほうれい
  ドドント ドドント四方嶺(コリャ)

四、日和山ひよりやまなら 二人の想い
  恋の一夜ひとよの(ソレ)雨晴らせ
  ドドント ドドント雨晴らせ(コリャ)

五、水に映した 二つの影に
  つのは見えない(ソレ)クッタラ湖
  ドドント ドドント クッタラ湖(コリャ)

六、別れつらさに 送って来たが
  もえて散る散る(ソレ)紅葉谷もみじだに
  ドドント ドドント紅葉谷(コリャ)

 

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どちらの唄にも詠まれている地獄谷は、クッタラ火山の活動で出来た火口跡だ。地獄の名にふさわしく、今でもあちこちから煙が上がり、グツグツと湯が湧き出している。登別温泉とカルルス温泉では、合わせて10種類の泉質を楽しむことができる。温泉の泉質分類には現在使われているものと、昭和53年以前に使われていた旧泉質での分類があるので、ややこしいのだが、いずれにせよ日本で湧いている温泉のざっと半分の泉質を試せるということで、一箇所でこれだけの豊富な種類があるのは大変珍しい。

老舗の第一滝本館ではそのうち5種類を広大な浴場で堪能できる。大浴場という名がこれほどふさわしい浴場はないだろう。奥に広がる地獄谷の絶景が見事である。思わず駆けていきたい気持ちを抑えて、まずは手前左のかけ湯コーナー・洗い場で汚れを落としたところで、お目当ての浴槽へ。目一杯に広がる地獄谷の景色も素晴らしいのだが、この浴槽の良さは、大きさだけでなく深さもたっぷりとしており、登別の豊富な湯量を身をもって体験できるところだ。開放感あふれる大浴場での湯浴みは、世事を離れた悦楽のひと時。「極楽、極楽〜」と言いかけ「あ、ここは地獄だったな」と我に帰る。

さて、残る浴槽も試さなくては。先ほどのは食塩泉だったが、中央に位置する巨大な8角形の浴槽は芒硝泉だ。次はここにしようか、それとも手前の硫黄泉か。いや、確か硫黄泉は露天風呂にもあったはずだ。ここは重曹泉にしてみようか。悩む楽しみがここにはある。残る一つは、酸性緑ばん泉。フロアを下へ降りると打たせ湯や寝湯、サウナなどがあり、外へ出ると円形の硫黄泉の浴槽がある。見逃してならないのが、右奥に位置する「金藏の湯」と名付けられた小ぶりな浴槽で、ここは初代滝本金藏が浸かった湯船を再現したもの。酸性緑ばん泉がこんこんと注がれており、静かに湯に浸りたいときにはうってつけだろう。

第一滝本館では飲泉場も設けられているので、実際に温泉を「味わう」ことが可能だ。重曹泉はさほど癖もなく飲みやすい。だからといって飲み過ぎは良くない。量のほか、食前30分~1時間に飲むようになどなど注意書きがあるので、しっかり守って味わいたい。夕食前には温泉街をぶらりと散歩するのも良いだろう。両側にはお土産店、飲食店や旅館が立ち並び、ぶらぶら坂を下っていく途中、あちこちに鬼の像が置かれている。

 

日本温泉うた紀行_03

 

こちらの鬼は、インター前の鬼とは違ってユーモラスな表情を浮かべている。商売繁盛の鬼、合格祈願の鬼などで、台には《登別温泉小唄》や《登別地獄ばやし》の歌詞が刻まれている。さらに先には湯かけ地蔵ならぬ湯かけ「鬼蔵」が鎮座している。その場所は、登別温泉でもとりわけ濃いお湯を楽しめる温泉銭湯「夢元さぎり湯」前。

 

日本温泉うた紀行_04

 

わずか490円で特濃の硫黄泉と、登別ではここでしか入れない明礬泉の二つの泉質を楽しめる。まさに「お湯はとろろん とんとろり」。じっくりお湯に浸かると、こちらの心もとろりと解きほぐされていくようだ。ただ、成分が本当に濃いので湯あたりには十分気をつけたい。

さあ、湯上がりの一杯は何にしようか。先ほど見かけた小洒落たピザ屋に登別のクラフトビールが飲めると書いてあったな。ネーミングはズバリ「鬼伝説」。普段、僕はビールは飲まないのだが、北海道で飲むビールは特別だ。鬼伝説の生ビールで火照った身体を冷やすとしよう。

 

日本温泉うた紀行_05

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Text&Photo:野津如弘
協力:大野薫(一般社団法人 登別国際観光コンベンション協会) 

 

※記号について

〽︎ ⇒ 庵点(いおりてん)
歌のはじめなどに置かれる約物のひとつ。

参考文献

・『登別観光史Ⅰ』
岩原秀夫 著
社団法人登別観光協会

・『登別観光史Ⅱ』
猪俣二郎 著
社団法人登別観光協会(1997年10月発行)

 

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