第三十八回 修二会聴聞【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】
音楽を気軽に楽しんでいただくため、毎回オススメの曲とそれに合わせたお酒をご紹介する連載【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】。第三十八回は「修二會讃と今西酒造の菩提酛」についてお送りします。
「お水取り」の名で知られる東大寺「修二会(しゅにえ)」は、奈良に春の訪れを知らせる風物詩としても有名です。とりわけ松明(たいまつ)がお堂の回廊を走る様子はニュースなどで取り上げられることも多いので、映像をご覧になったことがある方もいると思います。
僕もコロナ禍前に一度この「お松明」を見に出かけたことがありましたが、もちろん修二会という法要は「お水取り」や「お松明」だけではありません。そもそも修二会とは旧暦2月1日から14日間にわたって行われた「十一面悔過(けか)法要」のことで、二月に修される法会なので「修二会」と呼ばれます(現在は3月1日からの14日間)。始まりは天平勝宝4年(752年)にまで遡るとされ、それからずっと途絶えることなく1250年以上も続くたいへん歴史のある宗教行事です。本行は14日間ですが「別火」と呼ばれる前行(2月20日〜2月末日)と後行(3月15日、18日)も含めると約1カ月に及ぶ長大な催しで、法会の中心は「六時作法」と呼ばれる「悔過法要」。「日中・日没・初夜・半夜・後夜・晨朝」の1日6回行われます。よく知られる「お水取り」は12日の後夜「悔過作法」の途中、本尊の十一面観世音菩薩にお供えする「お香水」を若狭井から汲み上げる儀式のことです。
松明は練行衆という修二会を勤める僧侶たちの道明かりとして灯されます。午後7時初夜の上堂の際に、練行衆の世話役である童子が二月堂の回廊を松明を掲げて走り、欄干から突き出し、火の粉を散らします(12日の籠松明の日は19時半、14日は18時半)。お堂の下に集まった群集は、思わず歓声をあげ、写真や動画を撮ったりします。暗闇に突如、大きな松明が周囲を照らし出すように現れ、それも10本(12日は11本)が次々と目の前を走っていくのですから、感情に火が灯されたようになるのもわかります。中には無病息災を願って手を合わせる人もいますし、また松明の燃え残りにはご利益があるとされ、持ち帰る人もいます。
さて、今年は4年ぶりに修二会のさまざまな行事が公開されるとあって、拝観しに行きました。今回の目的は「お松明」ではなく「聴聞(ちょうもん)」です。「聴聞」というのは、この松明のあとから行われる「悔過作法」を聴くことです。お堂の中は本尊が祀られる内陣を囲むように外陣があり、そのさらに周囲に局という場所があり、その局で法要の様子を拝見することができるのです。見るとはいっても視界は限られているので、見えるのはごく一部。しかし音は聞こえてくるので「聴聞」というようになったのでしょうか。
聞こえてくる音は声だけではありません。法螺貝や錫杖、鈴といった楽器の音。数珠を擦る音。あるいは僧侶が差懸(さしかけ)と呼ばれる木履を履いて堂内を駆け回る足音。暗い局で聴覚が研ぎ澄まされた中、さまざまな音が耳に入ってきます。
この日、とくに印象的だったのが法螺貝です。数名の僧侶が吹き鳴らす「ブーブー」「ポーポー」という音が重層的に響き合い、その迫力は一流オーケストラのブラスセクションを思わせるものがありました。当然ですが、法螺貝は自然なものですから大きさにも大小があって、音の高低もあります。僧侶たちは北座と南座で掛け合うように吹くそうで「学貝(まねがい)」と呼ばれています。その響きは「法螺貝オーケストラ」と名付けたくなるような素晴らしさでした。
それから「神名帳(じんみょうちょう)」のリズミカルな面白さも楽しみました。「神名帳」では日本全国の神々の名を「宗像の大明神」「熱田の大明神」などと読み上げていくのですが、その節回しが非常に独特で、緩急があり、聴いていて飽きさせない面白さがありました。とりわけ一気呵成に読み上げる勢いには圧倒されました。
午後7時に始まった初夜は半夜・後夜と進み、晨朝を終えての下堂時間は、なんと午前1時40分でした。この日はたまたま暖かい日でしたが、それでも防寒具は必須。午前0時を回ると一気に冷え込みます。必死に寒さを堪えながら、ぼんやり灯る蝋燭の光に目を凝らし、澄んだ空気の中、耳を澄ますと五感が冴えてくるようです。「諷誦文(ふじゅもん)」では、13年前の東日本大震災、そして1月に起きた能登半島地震の被災者への祈りも捧げられ、修二会が現在にも生きている法会であることを実感しました。YouTubeの東大寺公式チャンネルでも法要の模様を観ることができますが、やはりこれは体験してみなくてはわかりません。
~今月の一曲~
柴田南雄《修二會讃》
この修二会に魅了された音楽作品に《修二會讃》があります。作曲したのは以前ご紹介した《ふるべゆらゆら》を作曲した柴田南雄です。《修二会》をカトリックのミサになぞらえ、次のような構成からできています。
男声パート
1.南北問合、供養文と如来唄、散華
2.呪願
3.称名悔過
4.宝号
5.貝と三礼文、神名帳
女声パート
1.序−散華の音と悔過の由来(『日本書紀』巻第二十四より)
2.華厳経「入法界品」
3.俳句(一茶、蓼太、芭蕉)
作曲家自身、修二会に何度も足を運んだ体験が元となった作品です。
~今月の一本~
みむろ杉 木桶菩提もと 山田錦
大神神社(名曲と美味しいお酒のマリアージュ第二十六回)の麓で酒造りをしている今西酒造の菩提酛。清酒発祥の地とされる奈良で、奈良県産山田錦を使い、吉野杉の木桶で醸された力強いお酒。ラベルは仏の眼にたとえられる青蓮華を形どったもので、大神神社とゆかりの深い蛇と兎、そしてご神花のササユリが描かれているそう。
奈良は「僧坊酒」という寺院で作られたお酒の名産地としても知られていました。室町時代には菩提山正暦寺で「菩提酛」という日本最古の酒母の醸造技術が誕生したと伝えられています。近年、復活した「菩提酛」を使ったお酒を飲んで往時を偲んでみるのも一興でしょう。
Text&Photo:野津如弘
●参考文献
・『東大寺 お水取り〜春を待つ祈りと懺悔の法会』
佐藤道子 著
朝日新聞出版(2009年)
・『日本の音を聴く』文庫オリジナル版
柴田南雄 著
岩波現代文庫(2010年)
・『東大寺』Webサイト
https://www.todaiji.or.jp/
・『奈良県菩提酛による清酒製造研究会』Webサイト
https://bodaimoto.org/
・『今西酒造株式会社』Webサイト