第二十九回 アルフレッド・リードとアルメニア・ワイン【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】

 

音楽を気軽に楽しんでいただくため、毎回オススメの曲とそれに合わせたお酒をご紹介する連載【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】。第二十九回のオススメの曲は、アルフレッド・リードの《アルメニアン・ダンス》、お酒はアルメニア・ワイン「カラシイ」についてお送りします。

去る6月22日、僕が指揮をしている常葉大学短期大学部ウインド・オーケストラと陸上自衛隊中央音楽隊との合同コンサートが開催されました。陸上自衛隊中央音楽隊は、1951年に創設された警察予備隊の音楽隊を前身としており、国賓を迎えた際の特別儀仗演奏を行うなど、正に日本を代表する名門バンドです。現隊長は第15代となる志賀亨1等陸佐。静岡での演奏会は本当に久しぶりということで、満員の聴衆を迎え盛会となりました。それぞれのステージの後に合同演奏を行い、志賀隊長の指揮で久石譲(森田一浩編曲)の《ラピュタ》〜キャッスル・イン・ザ・スカイ、そして僕の指揮でアルフレッド・リード《アルメニアン・ダンス》パートⅠを披露しました。

《アルメニアン・ダンス》は数ある吹奏楽の作品の中でも、最も有名かつ親しまれている曲といっても過言ではありませんが、タイトルの由来となっているアルメニアという国は我々にとって未知のところが多いのではないでしょうか。そこで、今回はアルメニアの地理や歴史を少しおさらいした上で、リードの《アルメニアン・ダンス》をご紹介しようと思います。

アルメニアは、ちょうどヨーロッパとアジアの境目あたりにある国です。東はアゼルバイジャン、西はトルコ、南はイラン、北はジョージアと国境を接していますが、これらの国々もトルコとイランを除いてはピンと来る方もそう多くはないかもしれません。内陸部に位置するので海には面していないものの、ちょっと東へ行くとカスピ海、北西へ行くと黒海に至ります。国のほとんどが高原地帯で、カスピ海と黒海を結ぶコーカサス山脈が走り、首都エレバンの標高はなんと1000メートル。街から南にはノアの方舟の伝説が残るアララト山(5165メートル)を臨みます。エレバンは旧約聖書に描かれる「エデンの園」だったとの伝承も残っている大変歴史の古い街です。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(1)

 

アルメニアの歴史はその地理上の特性から、周辺各国の影響を受け続けてきました。

遥か古代には、メソポタミア文明の一部として文明が栄えた同地ですが、紀元前9世紀頃にはウラルトゥと呼ばれる王国が成立します。紀元前6世紀前半に同国が滅亡すると、ペルシアとマケドニアによる支配の時代を経て、紀元前190年にアルタクシアス朝アルメニア王国として独立を果たします。ところが、紀元前69年ティグラノセルタの戦いでローマ軍に敗れたのをきっかけに国力は衰退し、隣国パルティアの王家が王位を引き継ぎ、領土はローマの属州という形のアルサケス朝アルメニアとなり、王国にはかろうじてアルメニアという名前だけは存続したのでした。

さて、この時代にキリスト教を世界に先駆けて国教化したティリダテス3世は、アルメニア文化の基礎を築きました。しかし同時に、そのことがペルシアとの軋轢を生み、王は暗殺され、その後アルメニアは再びペルシアの支配下へ入ります。そのような混乱の中で、5世紀初頭に高僧メスロプ・マシュトツによってアルメニア文字が発明されたことは特筆に値するでしょう。聖書がアルメニア語に訳されるなど、今日まで続くアルメニア使徒教会の聖典となっています。

このアルメニア使徒教会の高僧の一人が、今回ご紹介する《アルメニアン・ダンス》のもう一人の生みの親でもあるコミタス(1869-1935)です。アルフレッド・リードが作曲した《アルメニアン・ダンス》ですが、コミタス司祭が収集した民謡や、彼が作曲した歌が元になっています。

 

 

~今月の一曲~


アルフレッド・リード:《アルメニアン・ダンス》

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(2)名曲と美味しいお酒のマリアージュ(3)

 

《アルメニアン・ダンス》は作曲・出版の経緯からPartⅠとⅡに分けられています。PartⅠのみ演奏されるケースが圧倒的に多いですが、PartⅡにも味わい深い曲が収められており、個人的にはこちらももっと演奏されるよう願っています。曲の構成は以下の通りです。

PartⅠ

「杏の木」
アンズの学名はPrunus armeniacaといい、これはアルメニアがアンズの原産国と考えられていたので、この名が付きました。それほどアルメニア産のアンズが知られていた証でもあります。ドゥドゥクと呼ばれるアルメニアの民族楽器もアンズの木で作られています。力強いオープニングとそれに続く哀愁帯びたメロディーが印象的です。

「ヤマウズラの歌」
ヤマウズラと聞くと、僕はどうしてもジビエ料理を思い浮かべてしまい、ワインは何を合わせようか?などと考えてしまいますが、この曲はヤマウズラが可愛らしく歩き回る姿を表現したもの。食べてはいけません。笑
木管楽器の掛け合いに、後からコルネット、ホルンが加わってきます。

「おーい、僕のナザン」
若者が恋人のナザンを思って歌う歌。リードのアイディアで6/8拍子から5/8拍子に移し替えられ、より躍動感を持った曲になっています。

「アラガツ山」
アルメニアの北西部ある同国最高峰の山(4095メートル)を描いています。雄大な山並みを朗々と歌い上げる旋律が魅力的です。たっぷりとした3拍子で、速く弾むような前曲とは好対照を成しています。

「行け、行け」
まるで追いかけっこをしているように目まぐるしい曲で、次から次へと楽器が入れ替わる様子は聴いていて楽しい気分になりますが、演奏(指揮)するのはテンポ設定が難しく、毎回苦労しています。


PartⅡ

「農民の訴え(風よ、吹け)」
イングリッシュ・ホルンが哀しげなメロディーを奏で、まるで農民の苦しみを切々と訴えかけてくるようです。リードは、他の曲でもイングリッシュ・ホルンのために多くの美しいメロディーを書いています。

「クーマル(結婚の踊り)」
二人の若者が出会って結婚するという情景を描いた曲。6/8拍子に乗せて、素朴で親しみやすい旋律が奏でられます。アルメニアには多種多様な民族舞踊があり、この曲以外にもいろいろと聴き比べてみるのも楽しいものです。「タラズ」と呼ばれる民族衣装も美しく、ぜひYouTube等で検索してみてください。

「ロリの歌(ロリ地方の農耕歌)」
ロリはアルメニア最北部の地方で、ジョージアとの国境に位置します。10世紀から13世紀にかけて建設されたサナヒンとハフパット修道院が世界遺産に登録されており、11世紀に建造されたロリ要塞遺構も残っています。中世においてはグルジア王国に支配されていた時期もあり、アフタラ修道院にはジョージア風にフレスコ画が描かれています。この曲はこの地方で歌われていた牛追い唄が元になっています

 

 

~今月の一本~

 

ゾラ・ワインズ カラシイ

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(4)

 

アルメニアは世界で最も古いワイン産地のひとつとされており、2007年から始まった考古学調査で、アルメニア南東部に位置するアレニから6000年以上前のワイン醸造所跡が発見されています。アレニ・ノワールあるいは単にアレニと呼ばれる古来より伝わる固有のブドウ品種が存在し、ゾラ・ワインズではワインの名前にも付けられている「カラシイ」と呼ばれるアンフォラ(古代よりワインなどの保存に用いられていた陶器)で熟成させて造られています。

 

 

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Text&Photo(ワイン):野津如弘

 

参考文献 

・『アルフレッド・リードの世界 その人と吹奏楽曲108曲全ガイド 改訂版』 

アルフレッド・リード 著/村上泰裕 著訳
スタイルノート(2023)

 

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