第三十回 アルゼンチンにゆかりの音楽家とマルベック【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】

 

音楽を気軽に楽しんでいただくため、毎回オススメの曲とそれに合わせたお酒をご紹介する連載【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】。第三十回でご紹介するお酒はアルゼンチンのワイン「マルベック」です。

アルゼンチンの音楽というとアルゼンチン・タンゴを思い浮かべる方は多いと思いますが、首都のブエノスアイレスは南米のパリとも呼ばれ、南米最大のオペラ劇場『テアトロ・コロン』が存在しているクラシック音楽都市としても栄えました。この劇場はパリのオペラ座、ミラノのスカラ座と並んで世界三大劇場と呼ばれたこともあるほどで、現在は2代目の建物。イタリア人建築家フランチェスコ・タンブリーニと弟子のヴィットーリオ・メアノの設計で1889年に建築が開始され、19年の歳月をかけて1908年に完成しました。

この壮大な劇場の建設は、ブエノスアイレスの歴史も深く関係しています。1880年にアルゼンチンの正式な首都に認められて以来、ブエノスアイレスの人口は増加。1900年には80万人ほどだったものの、1915年には160万人と倍増、さらに1925年には240万人を超え南米随一の大都市として繁栄を誇ります。1936年、エーリヒ・クライバーが指揮者に就任した時には300万人を超えていました。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(1)

 

このエーリヒ・クライバー(1890-1956)が、今回ご紹介するゆかりの音楽家の一人目です。1890年にウィーンで生まれた彼は、プラハで教育を受け、1923年にはベルリン国立歌劇場の音楽監督となります。1925年、アルバン・ベルク作曲のオペラ《ヴォツェック》を初演。貧困と抑圧・暴力を描いた衝撃的な作品は、20世紀を代表するオペラの一つです。しかし、ナチスの台頭を機に、1935年に家族と共にアルゼンチンに移住。この時、連れていた5歳の息子カールが、後の名指揮者カルロス・クライバー(1930-2004)です。

カールは、移住をきっかけに名前をドイツ語のカールからスペイン語風にカルロスと改名しました。カルロス・クライバーは、僕が小学生の頃にテレビで見て衝撃を受け、指揮者を志すきっかけにもなった人物でもあります。曲目はベートーヴェンの交響曲第4番と第7番でしたが、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(現ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)を指揮したその姿は、流麗でありかつ情熱的。時に奔放にも思えるその音楽は、ドイツ音楽にありがちなゴツゴツしたような堅苦しい感じとは無縁でした。後に彼の生い立ちを知ると、幼少年期をアルゼンチンで過ごした影響が少なからず反映されているのでは、と思えてなりません。

「情熱」と「奔放」という言葉で次に連想されるのが、ピアニストのマルタ・アルゲリッチです。1941年にブエノスアイレスで生まれた彼女は、幼少期は同地で公開演奏を披露するなど神童として知られました。1955年にウィーンへ移住して、フリードリヒ・グルダをはじめとする名匠たちの薫陶を受け、各地のコンクールで優勝、1965年にショパン・コンクールで優勝するとその名声は世界的なものとなりました。来日回数も多く、別府でアルゲリッチ音楽祭が毎年開催されているので、実演を聴いたことがある方も多いことでしょう。個人的にはバッハの録音(トッカータハ短調BWV 911とパルティータ第2番BWV 826、イギリス組曲第2番イ短調BWV 807が収録されたもの)が好みで、しばしばCD棚から取りだして聴いています。

ピアニストつながりでアルゼンチン生まれといえば、ダニエル・バレンボイムを忘れるわけにはいきません。1942生まれなので、アルゲリッチの一歳下ということになります。彼もまた幼くして公開演奏会を開いた神童でした。10代の頃はヨーロッパ各地のマスタークラスなどで学びながら、ピアニストとしてのキャリアを築いていきました。その後、20代半ばからは指揮活動も開始し、弾き振りでの録音が残されているモーツァルトのピアノ協奏曲集は必聴です(イギリス室内管弦楽団のもの)。後にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を弾き振りした録音も出ているようですが、こちらは映像も出ているものを観ました。旧盤に違わず名演です。

もう一人アルゼンチンゆかりのピアニストをご紹介しましょう。1941年生まれのブルーノ・レオナルド・ゲルバーです。アルゲリッチやバレンボイムと同じくヴィンチェンツォ・スカラムッツァに師事。初来日は1968年。昔、N響アワーで演奏を聴いていたので、懐かしく思って調べてみたところ、2021年に80歳記念リサイタルで来日予定だったが、コロナの影響で公演中止となっていた。再来日の機会があれば、ぜひ演奏を聴きに行ってみたいものです。

ここまでは演奏家を紹介してきましたが、最後にアルゼンチンの作曲家アルベルト・ヒナステラ(1916-1983)、そしてバンドネオン奏者にして作曲家のアストル・ピアソラ(1921-1992)の二人を挙げておきましょう。

ピアソラは一昔前にブームとなったので馴染み深いかと思いますが、ヒナステラはそのピアソラが師事した作曲家です。ブエノスアイレス音楽院を卒業後、アメリカへ留学し、祖国へ戻って活躍しました。晩年はヨーロッパへ移住、スイスで亡くなっています。代表作の一つバレエ音楽《エスタンシア》は、大規模牧場(=エスタンシア)で働く人々や牧場の様子を描いた作品で、初演はまず組曲版が1943年に、バレエ版は1952年に、テアトロ・コロンで行われ大成功を収めました。終曲である「マランボ」はガウチョと呼ばれる牧畜に従事していた先住民などの人々の踊りです。南米はベネズエラ出身のグスターボ・ドゥダメル指揮のシモン・ボリバル交響楽団がアンコールでしばしば取り上げて評判となりました。打楽器群の大活躍とともに大いに盛り上がる曲となっています。

 

~今月の一本~

 

トゥルノ・デ・ノーチェ マルベック

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(3)

 

アルゼンチンのワインといえばこの品種です。フランス南西部でも栽培されていますが、アルゼンチンが世界のマルベック栽培面積の75%以上を占めています。アルゼンチン西部アンデス山脈の東側に位置するメンドーサ州がその産地で、濃厚な色合いながらも果実味豊かなマルベックを生産しています。アルゼンチンは牛肉の産地としても有名です。遙かエスタンシアを思い浮かべながら、赤身肉の炭火焼などと合わせてみてはいかがでしょうか。

 

 

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Text&Photo(ワイン):野津如弘

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