第三十五回 魂と響き合う言葉【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】

 

音楽を気軽に楽しんでいただくため、毎回オススメの曲とそれに合わせたお酒をご紹介する連載【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】。第三十五回は「祝詞と御神酒」についてお送りします。

2024年、第一回目の記事となります。本年もご愛読のほどよろしくお願い申しあげます。昨年は、箱根駅伝に絡めて古代ギリシアの神々と音楽をご紹介しましたが、今年は日本の神さまとそれにちなんだ音楽・お酒をご紹介しようと思います。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(1)

 

新年の初詣で家内安全や商売繁盛などのご祈祷をされた方もいらっしゃることでしょう。僕は以前、その際の祝詞で一種のトランス体験をしたことがあります。祝詞とは「かしこみ、かしこみ〜」と独特の調子で語られる神さまへの一種の手紙のようなものでしょうか。

その体験は、伊勢神宮・外宮でのことでした。神職がしずしずと奏上する祝詞は初めのうちはゆっくり遥か遠くのほうで語られているように感じたのですが、そのうちだんだんと響きが塊となって頭の上あたりで渦を巻くようにぐるぐると回りはじめて、僕は、まるで言葉の竜巻に魂を吸いとられてしまうような不思議な体験をしたのです。

日本には「言霊」という言葉があります。言葉に霊力が宿り、不思議な働きをするという考えです。この時の体験は、まさに言葉に命が宿って僕の精神に作用するようなものでした。音楽でもしばしば魂を奪われるような素晴らしい演奏に出逢いますが、まさに同様の体験です。祝詞というのはかなり独特の言い回しですから、何が語られているのかは理解できないまま、言葉はただぐわんぐわんと音楽のようにうねりながら空間を満たし、僕は茫然とその響きの中に身を置くだけでした。

この祝詞の響きに触発されて作られたのが、柴田南雄の《布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)》です。柴田南雄は1916年生まれの作曲家で、音楽学者・音楽評論家としても功績を残しました。作曲の分野ではとりわけ合唱曲に力を注ぎ「シアター・ピース」と呼ばれる演劇的な要素を取り入れた音楽作品を書きました。《布瑠部由良由良》はそのうちの一曲で、1979年に作曲されました。

「ふるべゆらゆら」という呪文のような言葉は、奈良県にある石上神宮に伝わる祝詞「十種祓詞(とくさのはらえのことば)」の一節で、死者を蘇らす霊力が備わっているといいます。柴田南雄は石上神宮を訪れ、40数名の神職が「さまざまな年齢と声質、声量と微妙に異なるふしまわしで唱和される祓詞の迫力はまことにすばらしかった」と語っています。

先日、仕事で奈良を訪れた際、実際に朝拝に参加し「神拝詞」を奏上する機会を得ました。石上神宮のホームページに「初めての方でもお気軽にお越しください」とあったので8時半の朝拝に間に合うよう8時頃到着し、まずは境内を散策。神の使いとされる鶏の鳴き声が賑やかに聞こえてきます。楼門を入ってすぐのところにある授与所で「神拝詞」を入手し、朝拝に備えていると、朝拝に参加する人々が集まってきました。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(2)

 

この日は神職4名、巫女1名に一般の参列者6~7名という構成で、雨模様ではありましたが、厳かな雰囲気の中、太鼓の合図で朝拝が始まりました。お祓いを受けたあと「大祓詞」「十種祓詞」「ひふみ祓詞」「神拝詞」「稱言(たたへごと)」の順に奏上し、明治天皇御製の2首を、節をつけて歌い終了となります。今までに耳にしたことのある「大祓詞」と比べて節回しがとても音楽的で、どの祓詞も歌うが如く奏上されるさまが大変印象的でした。

《布瑠部由良由良》の構成は、この石上神宮の祓詞と復元された古代楽器の演奏を土台とし、その中に次の異なる時代・場所の日本語を散りばめるというスタイルとなっています。

1.    東大寺修二会(お水とり)の声明から「散花(さんげ)」の後段と「神名帳(じんみょうちょう)」第八段(男声)。

2.    奄美の加計呂麻(かけろま)島の民話と子守歌(島尾ミホ氏宅での録音テープ、また同氏に出演していただいたこともある)。

3.    吉増剛造「地獄のスケッチブック」より(詩人に出演していただいたこともある)。

4.    ボードレール詩・福永武彦訳「秋の歌」(女性合唱)。

さて、神社でご祈祷をしたあとに、御神酒の直会(なおらい)が用意されています。かつては日本各地の神社で酒造りが行われていたようですが、現在、清酒が醸されているのは伊勢神宮、出雲大社、千葉県南房総の莫越山(なこしやま)神社、山口県宇部の岡崎八幡宮の4社のみ、濁酒は40社ほどで造られているようです。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(3)

 

御神酒として用いられるのは

「白酒(しろき)」と呼ばれるいわゆる濁酒

「黒酒(くろき)」という白酒に灰を加えたもの

「醴酒(れいしゅ)」という甘酒(一夜酒(ひとよざけ)とも呼ばれる)

「清酒」という濾過された澄んだ日本酒

の4種類で、通常の直会でいただけるのは酒造会社が造った清酒のことが多いですが、特別なお祭りでは神社で造られたお酒をいただけることもあるようですので、ぜひ探してお参りされてみてはいかがでしょうか。お祭りでは御神楽の奉奏もあわせてお楽しみください。

 

 

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Text&Photo:野津如弘

 

参考文献 

・『日本の音を聴く』 

柴田南雄 著 
岩波現代文庫(2010年) 

・『声のイメージ』 

柴田南雄 著 
岩波書店(2013年) 

・『石上神宮公式サイト』 

https://www.isonokami.jp 
「神拝詞」(石上神宮蔵版) 

・『きた産業株式会社公式サイト』より「酒造免許(神社)」 

https://kitasangyo.com/pdf/archive/sake-info/omiki.pdf 

 

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