【その歌の理由 by ふくおかとも彦】 第10回 Chuck Berry「Johnny B. Goode」②

歌詞がビートを決めた

 

身近なできごとを想像力で膨らませ、ティーンエイジャーが関心を持ちそうな歌詞に仕立てるのが得意だったチャック・ベリー。「Johnny B. Goode」の歌詞を思いついたのは、公演旅行中の、ルイジアナ州ニューオーリンズへ向かうバスの中でした。マディ・ウォーターズ(Muddy Waters)の「Louisiana Blues」を聴いた時から、ニューオーリンズは憧れの街だったそうです。

ニューオーリンズの丸太小屋に住む、勉強はできないけどギターはうまい“ジョニー・B.グッド”少年への人生の応援歌、といった内容です。ベリーは「バックバンドのピアニスト、ジョニー・ジョンソン(Johnnie Johnson)のことを書いた曲だ」と言います。実はベリーがプロ・ミュージシャンとしてやっていく決意をしたのは、1953年の暮れ、ジョンソンが自分のバンドにベリーを誘い、セントルイスのコスモポリタン・クラブに出演した時だそうです。それ以来、ジョンソンはベリーが敬愛する先輩でした。

でも、ジョニー少年はギタリストを目指してがんばっているのですから、当然自分自身のこともダブっているでしょう。ベリーは「(この詞の)真の功労者は、いつかきっと大金持ちになるよと俺を励まし続けてくれたお袋かもしれない」とも言っているし“ジョニー・B.グッド”の“グッド”は、セントルイス市のベリーの生家の住所「2520 Goode Avenue」にちなんだものでした。

「ギターを爪弾きながら浮かんだメロディに歌詞をつけていく」のが自分のやり方だったとも言っていますが、ブルース系の音楽のメロディは似たりよったりなもの。より重要なのは歌詞のリズムであり、ギターやベースなどのリフのフレーズです。そして「Johnny B. Goode」で最もインパクトがあるのは、連呼される「Go, Johnny, go, go!」というライン。ジョニー少年への応援であると同時に、ベリー自身を含む黒人同胞への、ひいてはこの曲を聴くすべての人々への応援でもあるでしょう。シンプル極まりない、でもそれゆえに力強いことこの上ないメッセージです。この曲が愛されるいちばんの理由はこのラインにあると思います。

で、この「Go, Johnny, go, go!」、シャッフルでは歌いにくいと思いませんか? 最初の「go」が小節の1拍目にあるならシャッフルでもいいのですが、それでは落ち着いた安定的なリズムになってしまいます。「go」という言葉の意味からも、その語感からも、それではつまらない。前に飛び出さなければ。そこで実際は半拍(8分音符分)前にシンコペーションしています。それには8分音符のノリで進む「8ビート」こそが相応しいのです。

つまり、ベリーは「Go, Johnny, go, go!」というラインを思いついた時点で、それを8ビートで口ずさんでいたと思うんです。ひょっとしたら8ビートと自覚しないままに。少なくとも、意識的に8ビートの曲をつくろうと考えるような人じゃない気がします。言葉が自然に8ビートのリズムを呼んだのだと思います。

チャック・ベリーのエンタテインメント精神に富んだ作詞能力が「Johnny B. Goode」でロックンロールに8ビートをもたらし、それが「ロックミュージック」という大河の源流となった、と私は考えています。

 

その歌の理由_01

 

だけど黒人は8ビートが苦手?

 

ところで、ロックの源流であるベリーは黒人なのに、その後のロックの担い手は圧倒的に白人メインというのが興味深いですね。ロックンロールは米国で初めて、プレイヤーもリスナーも人種の垣根を越えた音楽とされますが、その音楽成分もR&B+カントリーミュージックです。ロックンロール最大のヒットである「Rock Around the Clock」を演奏したビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツ(Bill Haley & His Comets)はカントリー・バンドだったし、エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)やカール・パーキンス(Carl Perkins)は、よりカントリーの要素が強かったから「ロカビリー」と呼ばれました。ロック+「ヒルビリー(カントリーの旧呼称)」です。

ベリーは元々カントリーミュージックが好きだったんです。黒人はブルースやゴスペルばかり聴いていたと思うのは間違いです。黒人音楽専門のラジオ局が現れるのは戦後で、それまでラジオから流れていたのはポピュラーミュージックやカントリーばかりでした。で、ベリーはコスモポリタン・クラブに出演していたときも、度々カントリー曲を交え“コスモの変な黒人ヒルビリー”などと評判になりました。白人の客が増え、4割が白人の時もあったそうです。デビュー曲の「Maybellene」も、ヒルビリーのスタンダート「Ida Red」から思いついた曲とのことで、当初はタイトルも「Ida May」(主人公の女性の名)だったのですが、プロデューサーのレナード・チェスの提案でそれを変えることになり、ベリーは子どもの頃に読んだ絵本に出てきた牛の名前“メイベリーン”にしました。

ベリー以外の主な黒人ロックンロール・アーティストとしては、ファッツ・ドミノ(Fats Domino)、ボ・ディドリー(Bo Diddley)、リトル・リチャード(Little Richard)、オーティス・ブラックウェル(Otis Blackwell)らが挙げられますが、ドミノはルイ・ジョーダンらの「ジャンプ・ブルース」の流れを組む音楽性だし、ディドリーは独特のリズムでむしろファンクに近く、ロックンローラーとは言い切れないと思っています。ジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis)の「Great Balls Of Fire(火の玉ロック)」やプレスリーの「Don't Be Cruel」の作曲で知られるブラックウェルは、やはりベリーと同じく、カントリー好きでした。わずかにリトル・リチャードだけがゴスペル・ルーツの“黒人らしい”ロックンローラーなんです。

人種によっての向き不向きなどを論ずるのはよくないですが、8ビートロックは黒人であるチャック・ベリーが始めたのに、多くの黒人たちはリズム&ブルース、ソウル、ファンク、フュージョンなどに向かい、ロックは主に白人ミュージシャンたちが担っていくことになるのは、興味深い現象だなと思います。

 

その歌の理由_02

 

宇宙の彼方へGo! Johnny, go, go!

 

「Johnny B. Goode」はチャック・ベリーの代表曲となったばかりか、ロックンロールと言えば真っ先に名前を挙げられるスタンダード・ナンバーとなりました。ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)(アルバム『Hendrix in the West』(1972))やジョニー・ウィンター(Johnny Winter)(アルバム『Live Johnny Winter And』(1971))をはじめ、多くのアーティストがカバーをレコード化していますし、内田裕也氏は、自身のテーマソングのように、ライブの最後では必ず「ロケンロール!」と叫んで、この曲を演奏していました。70年代は、ロックバンドを名乗りながらこの曲をやったことがない人なんて、まずいなかったんじゃないかな。とにかくシンプルで覚えやすいし、ブルースコード進行なんで、たとえ初対面のミュージシャン同士でも、キーさえ決めればすぐにセッションができるし「Go, Johnny, go, go!」って歌えばお客も必ず唱和してくれる、ってことで、入門曲としてとても重宝されたのです。

そして、80年代になって、さすがにもう“懐メロ”化していたところに、この曲を大フィーチャーしながら優れたエンタテインメント性で大ヒットした映画が登場しました。『バック・トゥ・ザ・フューチャー(Back to the Future)』、ロバート・ゼメキス監督、マイケル・J・フォックス主演の1985年作品。タイムスリップした1955年、未来の両親が結びついたパーティで、フォックス扮するマーティ・マクフライが「Johnny B. Goode」を歌い、弾きまくりました。時代はレコードが発売される3年前なので、これをチャック・ベリーの従兄弟という設定のバンドメンバーが、ベリーに電話して「おまえが求めていたニューサウンドだよ!」と叫ぶシーンが面白かった。ただ、この時マーティが弾いていたギター「ギブソン ES-345」は1959年発売なのでまだあるはずがなかった、という矛盾もありますが……。

発売当時「Johnny B. Goode」はR&Bチャートで2位、ポップ・チャートで8位。実は、その3ヶ月前に発売された「Sweet Little Sixteen」(R&B1位/ポップ2位)や、デビュー曲の「Maybellene」(R&B1位/ポップ5位)よりもランキングは下でしたが、その評価は時を経るにつれてどんどん高まっていきました。米国の『ローリング・ストーン誌』が2004年に発表した「500 Greatest Songs of All Time(史上最も偉大な500曲)」リストではなんと7位でした(2021年版では33位とやや後退しますが…)。同リストで「Rock Around the Clock」は159位ですから「Johnny B. Goode」への評価の高さがよく分かります。

1977年、ボイジャー1号と2号という2機の宇宙探査機が打ち上げられましたが、それぞれに、地球外生命体に発見されることを想定したレコードが搭載されました。「Voyager Golden Record」と呼ばれるそのレコードには、地球上の様々な音や言語、そして音楽が収録されており、そこに「Johnny B. Goode」も選ばれました。各種民族音楽やクラシック、ジャズ、ブルース……全部で27曲のうち、ロックは「Johnny B. Goode」だけです。「若者向け過ぎる」との反対もあったようですが、選定委員長のカール・セーガン(Carl Sagan)博士が、押し切ったそうです。2機の宇宙船は現在、地球から200億キロメートルほど離れた宇宙空間を進んでおり、今のところ正常に作動して、データを送り続けているとのことです。

 

参考文献

・『チャック・ベリー(自伝)』

Chuck Berry 著/中江昌彦 訳 
株式会社 音楽之友社(1989年3月5日 第1刷発行)

 

 

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