【その歌の理由 by ふくおかとも彦】 第12回 James Brown「Cold Sweat」②

ブルース進行をやめる

 

ジェームズ・ブラウン(以下“JB”)自身もサウンドの変化を自覚した「Out of Sight」(1964年7月発売)やその発展形である「Papa’s Got a Brand New Bag」(65年6月発売)は「ファンク」と呼ばれる音楽スタイルの原点には違いありませんが、1967年7月にリリースされた「Cold Sweat」には、もう一段階、決定的に進化している点がありました。

それは「ブルース進行」ではないというところです。

ブルース進行とは、ブルースに特徴的なコード進行のこと。12小節単位で、Ⅰ度とⅣ度とⅤ度の3コードで構成されます。
Ⅰ度×4小節 → Ⅳ度×2小節 → Ⅰ度×2小節 → Ⅴ度×1小節 → Ⅳ度×1小節 → Ⅰ度×2小節
と展開します。これに多少のバリエーションが加わることもありますが、ブルース、ジャズ、R&B、ロックなどのたくさんの曲がこのコード進行に則ってつくられています。王道であり、盤石であり、耳馴染みよく、間違いないのです。

ただし、ブルース進行を使っているかぎり予定調和感は免れず、そのぶん新鮮度は後退します。JBはそこをなんとかしたかったのではないでしょうか。で、振り返ってみれば「Out of Sight」では後奏部分はコードが一つになりますし「Papa’s ~」では「Part 2」つまり後半(シングルレコードの片面に収まらないので2つに分けている)は、ほぼサックスソロだけですが、ずっと1コードです。歌がないからコードの変化をやめたのでしょうが、考えてみれば歌のメロディの“起承転結”がなければ、歌の部分だって1コードでいけないはずはない。リズムこそが最も重要だと確信するJBが、次の一歩を、ブルース進行をやめる、コードを極力少なくする方向に踏み出したのは必然だったでしょう。

 

その歌の理由_02

 

「ファンクの方程式」の完成

 

その着地点が「Cold Sweat」ということなんですが「Papa’s〜」や「I Got You(I Feel Good)」から「Cold Sweat」まで約2年の時間があります。「Papa’s〜」が売れて、達成感があったでしょうし、翌年には「It's a Man's Man's Man's World」(66年4月発売)というバラードのヒットもありました。2年くらいは次に進む必要性を感じなかったのかなと思っていたら、66年7月の「Money Won’t Change You」という曲に試行錯誤の跡が感じられました。

この曲はまずスネアが「4つ打ち」です。つまり4分音符のタイミングで「ダン・ダン・ダン・ダン」とくる流れるようなリズム。前編で「ファンクはディスコとは真逆のリズム」と述べましたが、スネア4つ打ちはモータウンのヒット曲に多いディスコ寄りの形で、JBはモータウンを参考にしたのかもしれませんね。ややファンクからは離れています。
一方、コード進行はブルースを崩して、
Ⅰ度×8小節 → Ⅴ度×2小節 → Ⅳ度×2小節 → Ⅰ度×4小節
の16小節という進行で、1コード部分が少し長くなっています。まさに方向性を探っている途上という感じがします。JBは思いついたらすぐレコーディングするという人なんで、とにかく多作。その後もさらにいくつかの作品を経て、ようやく「Cold Sweat」に至ります。

「Cold Sweat」は基本的にDm7の1コードで、変化として「C7 / F7の繰り返し→キメのフレーズ→ブレイク」というパートが定期的に登場するという形です。1コードの下、すべての楽器のそれぞれがリフの繰り返しに徹することによって、ファンキーなリズムのみをより顕在化させる。それまでのポップミュージックの常識をくつがえす“変わり種”で、もちろんそれも、売れなければただの思いつきで終わったでしょうが、全米7位/R&Bチャート1位と、しっかりと結果も伴いました。以降この形が、何度も使われるJBの「ファンクの方程式」となります。

そしてこのサウンド誕生の陰には、また、バックバンド“The Famous Flames”への新たなミュージシャンの参加がありました。サックス奏者のアルフレッド・ピー・ウィー・エリス(Alfred "Pee Wee" Ellis)とドラマーのクライド・スタブルフィールド(Clyde Stubblefield)です。

入ったばかりながらピー・ウィーは「Cold Sweat」の作曲クレジットをJBと共にし、アレンジを担っています。彼はマイルス・デイヴィス(Miles Davis)に大きな影響を受けており「Cold Sweat」のアレンジを考えていると、6、7年前に聴き込んだマイルスの「So What」という曲が脳裏に流れてきたそうです。ホーンセクションのフレーズは「So What」を彷彿とさせます。

後年ヒップホッパーたちに盛んにサンプリングされることになる「Funky Drummer」(1970)という曲の「ファンキー・ドラマー」とはスタブルフィールドのことです。彼のドラミングは、複雑なことは何もしないのに、ダンスの名手がステップを踏むように的確でかつ軽やかなビートを叩き出しました。

彼らの力がJBのファンクを進化させました。もちろんJB自身も成長しています。録音当日、ピー・ウィーの指示の下、バンドの演奏がほぼ固まってきたところにJBがやってきて、ギターとドラムにいくつか提案をしたそうで、それでグッとよくなったとピー・ウィーが語っています。この曲のドラムは、通常2拍目、4拍目にスネアを打つところ、奇数小節は4拍目の代わりにその8分[ぶ]後ろ、つまり4拍目裏のタイミングで打っています。これがリズムのファンキー度をぐっと高めており、これ以降のJBの曲、そして多くのファンク・チューン群が取り入れることになる重要な“発明”のひとつなんですが、その時のJBの提案がこのことだったかもしれない、とこれは私の想像です。

アレンジがまとまり、バンドは1本のマイクを囲むように並び、録音を開始しました。「Take One」つまり、たった1回の演奏で録音は完了し、ホーンセクションも含めダビング(あとから音を加えること)は一切行ってないそうです。

 

その歌の理由_01

 

ブーツィ・コリンズの育ての親

 

その後は「I Can't Stand Myself(When You Touch Me)」(1967)、「I Got the Feelin'」(1968)、「Licking Stick – Licking Stick」(1968)などのヒット曲を送り出したあと、ジャズの素養豊かなトロンボーン奏者、フレッド・ウェズリー(Fred Wesley)がアレンジャー&バンドリーダーとして参画し、JBファンクはその最盛期を迎えます。「Say It Loud – I'm Black and I'm Proud」(1968)、「Give It Up or Turnit a Loose」(1968)、「Mother Popcorn」(1969)、「Get Up(I Feel Like Being A)Sex Machine」(1970)、「Super Bad」(1970)、「Soul Power」(1971)、「Hot Pants」(1971)、「Make It Funky」(1971)……ほとんどがR&Bチャート1位、ポップチャートでも20位内、そして歴史に残り、今も愛される名作群が文字通り次々と生み落とされました。

短期間にこれほど多くの傑作を世に出せたのは「Cold Sweat」で確立されたJBの「ファンクの方程式」に則っているからでしょう。つまりどの曲も似通っているのです。にも関わらずまったくマンネリ化せず、それぞれに生命力が漲っているのはJBの歌唱の凄み、バンドの演奏の巧みさによるのはもちろんですが「方程式」がそれだけ画期的で強力だったということだと思います。

ちなみに「Get Up(I Feel Like Being A)Sex Machine」、「Super Bad」、「Soul Power」の3曲では、あのブーツィ・コリンズ(William "Bootsy" Collins)がベースを弾いています。彼と彼の兄でギタリストのフェルプス(Phelps "Catfish" Collins)たちが来てから、JBのバンドは“The Famous Flames”から“The JB’s”と改称しましたが、ブーツィがJBのサウンドに貢献したというよりは、当時まだ十代だったブーツィに、JBが「ファンクにとっての1拍目の、小節の始まりのダウンビートの大切さを教えてやった」のだそうです。ブーツィがJB’sにいたのはわずか1年程度ですが、その後、ジョージ・クリントン(George Clinton)率いる“Parliament”および“Funkadelic”への参加、そして自身のバンド“Bootsy's Rubber Band”での活動を通じ、ファンク・ベーシストにとどまらず、プロデューサーの領域にもその才能を開花させていきました。そのド派手なキャラクターも相まっての圧倒的な存在感は、やがて「ブーツィの名を出さずにファンクを語ることはできない」ほどにもなりますが、それも、そもそもはJB=ジェームズ・ブラウンのおかげ、と言えるかもしれませんね。

 

参考文献

・『俺がJBだ! ジェームズ・ブラウン自叙伝』

James Brown/Bruce Tucker 著
山形浩生/渡辺佐智江/クイッグリー裕子 訳
文春文庫(2003年9月発行)

※オリジナルは『James Brown: The Godfather of Soul』
James Brown/Bruce Tucker 著
マクミラン出版社(1986)

 

 

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